ラブファントム 愛の道化師。 愛してる、愛してる、愛してる。 幾千回、幾万回も囁いて。 ラブファントム。 僕は愛の道化師。 ティエリア・アーデという人間を、一言で言い表すなら機械。表情に乏しく、受け答えも必要最低限のもので済ませ、他人と関わろうとしない。 「なぁ、ティエリア」 「なんですか。僕は忙しいんです。用件をさっさと言ってください」 トレミーの廊下ですれ違おうとしたティエリアの手を、ロックオンが掴んだ。 「もう少しさ、みんなと仲良くなろうぜ?」 「仲良くしているつもりですが?現に、喧嘩などしていないでしょう」 持ち運びは可能なコンピューターを片手に、めんどくさそうにロックオンの相手をする。 「そういうのじゃなくてさ。もっと、こう、親密になろうと思わないのか?」 「思いませんね。そんなことをしなくても、ガンダムマイスターとしてはやっていけます」 氷の華の美貌は冷たく輝いている。 女神の化身のように美しいティエリア。天使のように無性の中性体で、天使のように気高く孤高で、誰も近づけさせないティエリア。 美しく整いすぎた顔に、笑顔が浮かんだことを見たことは今まで一度もない。 笑う、という感情をまるで忘れ去ってしまったかのようだ。 怒ったりはする。けれど、喜んだり泣いたりもしない。 表情に、人一倍乏しい。 ツンデレラという言葉は、まさしくティエリアのためにあるような言葉だ。 17歳らしいが、外見はガンダムマイスターとして始めて出会って二年前から変わっていない。しきりに、自分は人間ではないと口にして、他の人間と距離を置く。 唯一、ヴェーダにだけ心を許す、プライドの高い虎のようだ。 虎か豹だ。綺麗でしなやかで美しく、けれど触れる者がいると威嚇して鋭い牙で喉笛に噛み付く。 「それだけの用件でしたら、僕は失礼します」 ロックオンの手を振り払って、ティエリアは廊下を蹴る。 ふわりと浮かぶ体が、離れていく。 ティエリアからは、甘い花の香りがした。 「あー。どうしたもんかなぁ」 がしがしと、ロックオンが頭をかく。 最近は、わりと刹那もなついてきてくれている。アレルヤは最初から人懐こく、ロックオンを慕ってくれている。協調性に欠けた年少組みの中でも、刹那よりもティエリアの方に問題があった。 協調性というものに、とにかく欠けている。 「ティエリアと、会話してたの?」 「アレルヤ」 ロックオンが、はぁと肩をうなだれさせて、アレルヤの体を抱きしめる。 「ドンマイ、ロックオン」 「お前さんはいい子だなぁ。ティエリアにも、お前さんのような柔軟性が少しでもあればなぁ」 「でも、ティエリアはティエリアでがんばってるんだと思うよ。2年前なんて、口も聞かなかったじゃないか。それに比べると、進歩してるよ」 「確かにな。でも、俺は」 ロックオンが、エメラルドの瞳で廊下を見つめる。 とても深い感情が螺旋している。 多分、この感情は恋というものに近いだろう。 見た目が美しいから惹かれたというのも確かにある。だが、ロックオンは女にもてる。トレミーのミス・スメラギとそんな雰囲気になりかけたが、結局は付き合うこともしなかった。 女に不自由しないロックオンが、なぜ女でもない、男として生きる無性の中性体というティエリアという、神の倫理に逆らって生み出された人工生命体に強く惹かれるのかは、ロックオン自身にも分からない。 ただ、もっと仲良くなりたい。 「ロックオン、気を落とさないで。僕も協力するから」 にこりと、アレルヤが銀色の瞳を和ませて満開の笑顔を浮かべる。 そう、この笑顔をティエリアにも浮かべて欲しい。 「ありがとな、アレルヤ」 ロックオンは、つられて人懐こい笑顔を浮かべるのであった。 「さて、どうするかな」 ロックオンは、特に予定もないので、バーチャル装置を使って戦闘訓練でもしようと思い、バーチャル装置のところにくると、そこにさっき別れたはずのティエリアの姿を発見する。 「ティエリア、何してるんだ」 「バーチャル装置なら使えませんよ。今、僕がメンテナンス中です。AIマリアとAIイフリールに新しい機能をつけ加えるためにプログラミング中です」 「それ、専門家でも扱い難しいじゃなかったのか」 「だから、僕がメンテナンスをしているんです。専門家でなくとも、知識があればメンテナンスもプログラミングも可能です」 ティエリアのIQは180を軽くこえている。 「僕はAIマリアとAIイフリールが好きだ。僕と同じ存在だから」 「ティエリアはAIじゃないだろう」 「似たようなものですね」 そのまま、集中してメンテナンスを行う。 ロックオンは、言いかけた言葉をぐっとこらえた。 お前は、人間だ。 いつか、言える日がくるといいのに。 NEXT |