ユダ−背徳の罪−「ルシフェル」







「愛しています、ロックオン。あなたを、誰よりも深く」

カプセルが開く。
ザァァァと、人工羊水が流れ出る。
カプセルの中で丸く胎児のようになっていたその人物は、ペタリと地面に足をつけた。

「俺、は」

ティエリアが、イオリアの研究の全てを網羅して作り出した最高の生命体。
自らの命を削るように、毎日のように研究に没頭し、そしてイオリアと同じようにティエリアは神の理論を捻じ曲げて人工生命体を作り上げた。
自分と同じような、人工生命体を。
誰でもない、愛しいロックオン・ストラトスを。

「あなたはロックオン・ストラトス。思い出せませんか?」

裸のその人物の体についた人工羊水をバスタオルでふいて、髪もふいて、バスローブを着させる。

僕はルシフェルだ。
神に弓ひきし、反旗を翻しルシフェル。
もう、迷うことなど何もない。

「俺は、どうしてここにいる?」
「それは秘密です」
記憶も忠実に再現してインプットした。脳の中に、ナノマシンを組み込んでいる。
人格の形成は成功した。
ティエリアの体にも、ナノマシンはある。イノベーター全ては、ナノマシンとバイオノロジーの結晶体である。
ティエリアのナノマシンは、遺伝子の中に組み込まれている。それは、不老不死の元でもあった。
遺伝子をいじるだけでは、人は不老不死にならない。そこにナノマシンを組み込むことで、科学の力を取り入れることで神の理念に反する生命体は生まれてきたのだ。

「お前さんは?」
「僕はティエリア・アーデ。記憶が混乱しているようですね。まずはお風呂に入りましょう。人工羊水が体に貼り付いて気持ち悪いでしょう?」
そのまま、生まれたてのロックオンの手を握って、生活区域である場所に案内して、風呂に入れた。
「気持ちいい」
シャワーを全身で浴びるロックオン。
ティエリアは服を着たまま、ロックオンの髪を洗い、体を洗う。
そして、一緒に熱い湯を浴びる。
「びしょびしょだ」
ロックオンが、ティエリアの服を摘む。
「構いません」
「いっそぬいじまえよ」
水分を吸って重くなり、肌にはりついた衣服を、ロックオンが脱がしていく。
ティエリアは抵抗しない。
「あんた、天使なんだ?」
その裸体に、ロックオンが驚く。
「胸は少しだけあるのに・・・何もない」
下肢を僅かに弄られ、ティエリアは羞恥に顔を僅かに薔薇色に染めた。
無性であるティエリアに、性別を決定づけるものはない。
まさに、天使。
天使は無性である。
「天使なのに、なんで羽がねぇの?」
「僕はルシフェルだから」
「ルシフェル。堕天使ルシフェル?」
「そう。ルシフェル」
「肩甲骨に、何かがある」
ロックオンの手が、肩甲骨を撫でる。
そこには、GN粒子の光の刻印が溢れていた。
昔はなかったのに、活動年月が一定時間を過ぎると現れる仕組みになっている刻印だった。
「小さな翼の紋章がある」
ティエリアの肩甲骨には、それぞれ翼の形を象った紋章が彫りこまれていた。刺青とは違い、GN粒子のオーロラ色に光る紋章。
「うなじにも、同じのがある」
濡れた髪をかきわけられる。
白いうなじには、ティエリアのNO8というシリアルナンバーが刻まれていた。
翼の紋章と同じように、オーロラの光を放っている。
「NO8・・・・・」
「僕の、もう一つの名前です。シリアルNO8」
ロックオンの手が、ティエリアの肩甲骨を撫でる。
「ここに、いつもは翼がしまわれているのか?六枚に光り輝く純白の翼が」
「いったでしょう。僕はルシフェルだと。翼は堕ちて黒に染まった」
「黒い、六枚の翼・・・・」
そっと、ロックオンの唇が、ティエリアの肩甲骨に触れる。

「翼は、出せないのか?」
「堕ちてしまった天使に、翼はありません。神様が、もぎとったのです」
「痛かっただろうに」
熱いシャワーの湯の中で、二人は見詰め合う。
そのまま、ロックオンの唇が軽くティエリアの唇に触れた。
「ルシフェル。俺が、堕としたのか」
「何故、そう思うのですか?」
「多分・・・いや、俺が堕とした。ティエリアを、天使から堕天使に」
「もう一度、名前を呼んで下さい」
「ティエリア」
ティエリアは湯を止めると、ロックオンと一緒に風呂場からあがり、私服を着る。
ティエリアの服は、昔ロックオンがかってくれた、少しゴシックのはいった服で、肩の部分がカットされて露出するようになっていた。袖の部分には黒いリボンが編みこまれている。
下はふわふわの毛皮のついたハーフパンツに、ハイソックス、その上から膝下まであるブーツをはく。
ロックオンは、ティエリアが用意してくれたジーパンとTシャツを着て、上からジャケットを羽織る。
昔のロックオンの私服だ。
そのまま靴下をはいて皮の靴を履く。
互いの髪はまだ濡れたままだ。
お互いの髪を拭きあう。
タオルが、水分を吸い取っていく。
「髪の毛、サラサラだな。綺麗だ」
ティエリアは、眼鏡をしていなかった。
眼鏡はやめ、もうずっとコンタクトにしている。

「瞳の色が綺麗だ。オーロラかオパールみてぇ」
石榴色から金色に色を変え、さらに翠や蒼、紅、銀色などさまざまな色を混じらせていくティエリアの瞳はオーロラか、あるいは宝石のオパールのようだ。
「なんで・・・・・泣いてるんだ?」
「あなたを愛しているからです」
「愛してるから、泣くの?」
「そうです」
ティエリアに瞳は、いつの間には石榴色に戻っていた。
大きな瞳から零れ落ちる涙を一筋、ロックオンがすくいあげる。
「泣くなよ」
「・・・・・・・・・・・・ロックオン」
「泣くなってば」
「・・・・・・・・・・」

ポタリ、ポタリ。
銀色の波は頬を伝い、床に零れ落ちていく。
ロックオンが、ティエリアの瞼に口付けた。
「泣かないでくれ」

神は、きっと僕を許さないだろう。
人も、僕を許さないだろう。
誰にも許されなくてもいい。

僕はルシフェル。神を裏切った天使。


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