「だからお嬢さん、これはあんたの心臓なんだよ」 「きゃああああああああ!」 スクリーンで、老婆と女性がスプラッタな場面を繰り広げ、映画の中の女性が悲鳴をあげる。 「ぎゃああああ!!」 とってもとっても押し殺した声で、ロックオンは悲鳴をあげていた。 カナリアのことだから、きっとラブロマンスかアニメ映画でも選ぶと思っていたのに、こんなところだけティエリアと一緒だ。 ロックオンの大嫌いで苦手な、ゴシックホラーかサスペンス、それもすごい怖いやつ・・・が、大好きなのだ。 その映画を見ると言い出したカナリアに、ロックオンは聞き返した。 「えと。これみたいの?」 「うん。カナリア、これみたい」 「でも、これ血とかぐっちゃぐっちゃで怖いよ?」 「カナリア、怖いの大好き。わくわくする」 すでに、ロックオンは青ざめていた。 「ロックオンは怖いの?」 「いや、怖くねぇって。大丈夫、よし、これにしようか」 見栄をはったが、とてもとても不正解であった。 カタカタ震えて、思わず隣のカナリアに抱きつく。なみだ目になっているロックオンを連れて、カナリアは一緒に席を立った。 「よかったのか?最後までみなくて。みたかったんだろ?」 「だって、ロックオンが怖がってたから。カナリア、ロックオンも楽しんでくれないといや」 「ごめんな。俺・・・・家族がテロに巻き込まれたせいで・・・ああいうホラーもの、つくりものって分かってても、だめなんだ」 「ごめんね、ロックオン。カナリアのこと、嫌いにならないで」 涙を零すカナリアを抱きしめて、ロックオンは映画館の外に出た。 そのまま、車がとめてあったところまでくると、キスをする。 「ロックオン?」 「忘れないでくれ。俺は、ティエリアだけじゃなく、カナリア、お前も愛してるんだ」 「うん」 カナリアは、大空の太陽のような、眩しい笑顔をつくる。 そのまま、車に乗り込もうとしたところで、カナリアが何かに気づいて、するりとロックオンの腕から抜け出す。 ロックオンが、カナリアの後を追う。 「カナリア!」 もう、カナリアと呼ぶことに抵抗感はなくなっていた。 だって、ここでティエリアと呼んだら、カナリアの存在を否定することになる。 名前を、呼んであげなくては。 「ロックオン、こっちー」 カナリアが、風にドレスの裾を翻して、しゃがみこむ。 そこは露天商が並んでいた。 シルバーアクセなどをメインにした、高価でもないお手ごろ価格なアクセサリーばかりを絨毯の上に綺麗に並べている。 「ロックオン。これが、欲しいの。カナリアを呼んでいた」 カナリアが、いくつかの鳥の羽毛をまとめたペンダントを指差す。 羽は綺麗な黄色だった。 「おや、お嬢ちゃんカナリアっていうのかい?」 「そうだよ。私、カナリアって名前」 「そうかい。じゃあこれ、あげるよ」 「え。でも、お金・・・・」 「いいよいいよ。とても綺麗だったから。天使に見えた・・・・その羽はね、カナリアの羽でできてるんだよ」 露天商のおばさんが、優しい微笑と一緒に、カナリアにペンダントを渡す。 ロックオンが、お金を払おうとしたら、それも拒否された。 「いいんだよ。カナリアの羽はね、綺麗な声で相手を呼んでくれるんだよ」 「うん。だから、聞こえたの。カナリアの声が聞こえた」 「そうかい、そうかい」 嬉しそうに、カナリアはペンダントを身につける。 「そうだな・・・この指輪、買おうかな」 カナリアの指のサイズにあった、シルバーリングを一つ、ロックオンは買う。 「ありがとさん・・・おやおや、おつりは?」 「いいって。もらっといて」 「あれまぁ、こんなに。悪いよ」 「もらって!カナリアの羽も、そういってる」 「そうかい?お嬢ちゃんに言われると、なんだか嬉しいね。ありがとう、似合っているよ、カナリアちゃん。それに、彼氏はとても優しくてかっこいい人だね」 「うん。カナリアのロックオンは、宇宙で一番かっこよくてやさしいの」 「そうかい、そうかい」 他の露天商たちまで、笑顔を零している。 不思議な力が、カナリアにはあった。 この不景気で全く売れていないのに、なぜか皆笑顔になる。 「行こうか」 カナリアの手を握る。 「カナリアって・・・・はじめて、とっさのとき、名前で呼んでくれた」 カナリアの羽が呼んでいる。 カナリアの羽は、相手を綺麗な声で呼んでくれる。 「ロックオン」 ほら。 こんなにも綺麗な声で、相手を呼ぶ。 カナリアは、ロックオンに抱きしめられながら、笑顔でたどたどしくロックオンの額にキスをした。 NEXT |