アニューは、最後にみた綺麗な笑顔をずっと保っていた。 「私ね、思う。あなたに愛されて良かったって」 「俺だって同じさ」 「嬉しい」 アニューは、とても綺麗な微笑を零して、ライルに抱きつく。 ふわふわと、二人は浮いていた。 アニューの背中には、銀色の小さな翼があった。 「どんな最後になろうとも、それはイノベイターである私の責任だから。他の人を責めないで」 「だけど、アニュー!」 「約束して。どんなに憎みたくなっても・・・堪えてくれるって。どんなに責めたくなっても、責めないでくれるって。他の人を、自分の感情のまま傷つけないで。一番傷つくのはライル、あなたなのだから」 「だけど、俺は刹那が許せない。ティエリアも許せない。アニューを生かす道があったのに、それを断った二人を」 「だめよ。二人は、最善の道を尽くしてくれた。私から、ライルを奪わないでくれた」 「だけど、俺からアニューを奪っていった」 「私は・・・・だって、あなたと恋に落ちるなんて、思ってもいなかったの。お願いだから、二人を責めないで。そんなの、ライルらしくないわ・・・」 「俺は・・・・アニューのために変わったのに・・・・こんなに卑屈になっちまった」 「ずっと、愛しているから。許せないのであれば、それでもいいわ。でも、せめて責めるのだけはやめてあげて・・・・」 「分かったよ、アニュー」 「ティエリアは、自分の精神の一部を私にかしてくれた。私は、手紙なんてものかけないから。映像に、記録を残すのも、なんかね。同じイノベイター同士なら、心を繋げたほうが早いから」 アニューとライルは、ダブルオーライザーの光に導かれ、対面したときのようにふわふわと漂いながら、言葉を交わす。 忘れな草の花畑から、金色の花畑、虹を描く空・・・いろんな景色に変わっていった。 「私は、忘れないで。あなたの中に、ずっと生きてるから」 「俺の、中に・・・・」 「ずっと・・・魂が粉々になっても、あなたを愛している。この想いは真実だから」 「アニュー!」 ライルが手を伸ばす。アニューの体が、灰になるようにさらさら崩れていく。 「これは、思い出なの。記憶なの。私じゃないわ・・・私は、いつでもあなたの傍にいるから」 ライルは、崩れているアニューを、泣きながら抱きしめた。 「もう、戻っておいで、ライル」 ティエリアの声が、空から降ってきた。 ライルは、もう少し余韻に浸りたくて、アニューでなくなった、消えてしまったアニューを抱きしめていた。 「すまない、私の限界だ・・・戻ってきてくれ、ライル」 ティエリアの声が震えていた。 「ティエリア?」 ぱっと、場面が変わる。 そこは、モノトーンの墓場。降り続く雨。喪服をきたティエリア。兄であるニールの墓に、花束を捧げる。その隣にライルは立つ。 墓の下に、闇が見えた。 「だめだ、それに触っては!」 ティエリアの悲鳴が聞こえる。 それは、ティエリアの心のブラックボックス。 中を開けてしまったライルは、見てしまった。 闇に彩られた世界。 その中で、綺麗な血の色の赤だけが鮮明だ。ティエリアは、目隠しをされ、手と足に鎖をつけられて、籠の中に入っていた。背中には六枚の光り輝く翼が手折られ、肉から骨を露出させて、血をとめどなく流している。ティエリアが大事そうに、抱きしめて手に持っているものは何かと見ると、ニールの生首だった。それを抱きしめて、ティエリアは歌っていた。 籠が揺れる。 「そこにいるのは誰・・・・私を壊さないで」 「ティエ、リア?」 「この空間を壊さないで。ここは私の心のブラックボックス。誰も干渉してはいけない。ニールしか、ここにはこれない。ニールが、いつもここから私を出してくれる・・・・ほら、空が見えるでしょう?」 天井を見ると、確かに一部だけ蒼い空があった。 そこから、光がさしこむ。 ライルとシンメトリーを描くニールが降りてきた。 籠の中のティエリアの戒めを全部とき、ニールはティエリアを暗闇の中から連れ出す。抱いていたニールの生首は、ただの人形の首に変わっている。 「兄さん・・・・」 「ライル?ここは、お前がいてはいけない」 「なんなんだ、ここは」 「ここは、ティエリアの心の奥。俺と、ティエリアだけの空間。何度救っても救っても、ティエリアはいつも籠の中にいるんだ」 ニールは哀しそうに、腕の中の傷ついた天使を抱き上げる。 ニールの腕の中で、天使が目隠しをしたまま、ライルを見る。 これ以上・・・ティエリアに踏み込まないで。壊れてしまう。 ざぁぁぁっと、ライルはまるで誰かに体を握られ、そのまますくいあげられるような感覚を味わった。 目を開けると、そこには真紅のギラついた瞳があった。 「刹那・・・・」 NEXT |