「ほら、ティエリア。彼が、新しい助手の研究員のニールだ」 イオリアが、ティエリアの前に立った美しい青年を紹介する。こげ茶の髪に、エメラルドの瞳が印象的な青年であった。 「マスター、私・・・」 ティエリアが、さっとイオリアの影に隠れる。 当時のティエリアの人格は完全なる女性であった。 「っはっはっはっはすまんね、ニール君。私の娘は、どうも恥ずかしがり屋で」 ニールと呼ばれた青年は、ティエリアと呼ばれた少女の美しさに圧倒された。そして何より、その背中には輝く六枚の翼があったのだ。 「天使?」 「私が、作ったんだよ。ティエリアを」 「マスターあの・・・お茶もってきますね!」 閉鎖された空間で、イオリアとたった二人で研究を重ねてきてきたティエリアには、見目麗しい青年の登場が衝撃的でならなかった。今でも、心臓がドキドキしている。 頬が紅い。マスターイオリアはどこまでも優しく、作り出された人工生命体であるティエリアを実の娘のように扱ってくれた。 二人で、もう何十年も研究を重ねてきた。助手はティエリアだ。他にはいない。 人間であるイオリアは年を重ねて老人の域に達し、そして研究にまで支障をきたすようになっていた。まだイノベイターとして作られた個体は、後世のためにコールドスリープをさせてカプセルの中に入ったままだ。 イオリアはヴェーダを作り上げた。そのヴェーダとリンクできる人間の上位種、イノベイター・・・イオリアの壮大な計画は、彼が生きている時代から始まっていた。 「人は、いつの時代でも争いあう。人が人であるが故に。戦争の根絶・・・そのために、私はガンダムの理論を後世に残す」 ティエリアが運んできた紅茶を、テーブルで飲みながら、イオリアはニールに熱く語って聞かせた。 イオリアは、巷では狂科学者といわれ、嫌われていた。身寄りのない子供を実験材料にしたりと、非道な部分も見受けられた。 だが、全ては何百年か後に、CBと呼ばれる武装組織が発足し、ガンダムマイスターが選ばれ、ガンダムに乗って世界から戦争をなくす。そして、その果てに人類を導くのだ。 「ゴホッ、ゴホッ!」 「マスター!」 ティエリアの悲鳴が続いた。 イオリアの寿命はもう長くはない。狂ったように科学に献身し、いつくものイノベイターを作り出し・・・そして、数百年後に託されるであろう、理論をまとめる。 「マスター、寝ていてください。あとの研究は、私とニールが引き受けます」 「すまない、愛しい人工天使」 ティエリアの背中には、六枚の白く輝く翼。飛ぶことはできない。イオリアが、ティエリアを無性として作り上げたついでに、背中に翼を生やしたのだ。 そう、イオリアにとってはティエリアが生きがいだった。 誰にも汚されることのない、人工天使、ティエリア。 ティエリアは、そっとイオリアを寝室に寝かせると、その日からニールと一緒に研究をはじめた。理論はすでにマスターであるイオリア・シュヘンベルグが作っている。 あとは、それを実証するだけ。 「なぁ・・・この個体の群れ・・・あんたのスペア?」 カプセルに並んだ少年の姿をした、ティエリアと変わらないイノベイターを見て質問するニール。 ティエリアは首を振った。 「それは、私を生み出すための量産型イノベイターです。カプセルの外に出ると、長く生きられない・・・それが最大の欠点です。私の兄弟なのに・・・・」 哀しそうに、ティエリアは兄弟たちが入ったカプセルを見る。 皆、目を閉ざして人工羊水の中を漂っていた。 NEXT |