「待って、ください」 裸足でティエリアはよろめきながら、トレミーの廊下を歩く。 薄暗い廊下で、獣の目のようにティエリアの瞳は金色に神秘的に輝いていた。 トレミーの窓から、月光が優しくティエリアを照らしている。 蝶は、廊下に影を落とさない。 その蝶が精神世界の存在で、物質世界の蝶でないのはティエリアにも分かっていた。 エメラルドの蝶は、いわばロックオンの化身のようなものだ。 ヒラヒラと舞う蝶は、廊下の途中で消えてしまった。 「ロックオン・・・・置いていかないで・・・・」 ティエリアは、涙を零しながら、廊下を歩く。 ポタポタと、雫が廊下に滴る。 リジェネは、その時ティエリアの異変に気づいて起きていた。本当ならかけつけたいのだが、ツインであるが故にティエリアの精神状態が分かる。 今、何かが起ころうとしている、この世界で。 このトレミーで。 ティエリアは、夢遊病患者のように、かつてロックオンと愛し合ったトレミーの名残を求めるように歩き続ける。 ブリーフィングルームに入る。 忘れな草の花は、今でも咲き続けているし、ロックオンが生前に好きだといっていた、よく墓参するときに供える白い薔薇も白い百合も遺伝子操作のせいで年中満開だ。 食堂に入る。 カウンター席が目に飛び込んでくる。 昔、よくロックオンに朝に起こされて、カウンター席に二人並んで座って、隣にジャボテンダーさんを置いて朝食をとったものだ。 低血圧なティエリアを起こすのは、ロックオンの役割だった。 誰よりも優しくて、暖かくて、頼もしくて、そして愛しい人。 「ニール・・・・」 ティエリアは、涙を流しながら、自分の部屋に戻る。 そして、いつか昔誕生日にもらったガーネットを握り締める。 「ニール・・・・・」 形見の品となってしまった、ジャケットを抱きしめる。そして、指にずっとはめたままの、ロックオンとお揃いのペアリングをそっと指でなぞる。 「行かないで・・・・あなたの魂が行ってしまうというのなら、僕は・・・・消滅を、望んでしまう」 それは、イノベイドとしての、意識体としての死。 完全なる沈黙。 忘れられない。 精神世界で、優しく撫でてくれたあの大きな手が。 暖かな体温が。優しい眼差しが。 「愛しています」 ティエリアは、嗚咽を漏らした。 NEXT |