ティエリアが、戦闘で重症を負った。 その知らせはすぐに、地上に降りていたロックオンの元に届けられた。 ロックオンは知らせを受けて、すぐにトレミーに戻った。 そこで、見たのは治療カプセルに入った痛々しいティエリア。ロックオンは、ティエリアが助かったことに安堵して、胸を撫で下ろした。でも、次に待っていたのはティエリア・アーデのガンダムマイスター生命の死であった。 ドクター・モレノが皆を集めてこう言った。 「脳に多大な障害が出るだろう。一命は取り留めたが、記憶する、という行為ができなくなるかもしれない。今までの記憶も忘れているだろう。日常生活も、一人ではできなくなるかもしれない。哀しいが・・・・」 「ガンダムマイスターを、哀しいけれどティエリアには降りてもらうわ。CBには新しいガンダムマイスターの候補者を出します」 ロックオンは、ミス・スメラギを責めることはなかった。 ドクター・モレノに感情をぶつけることもなかった。 ただ、信じられないといった表情で、治療カプセルに眠るティエリアを食い入るように見つめていた。 ティエリアが「好きだ」と言っていた絵本が手に入った。絶版だったのを、探しまわってようやく手に入れた。 題名は「硝子細工の小鳥」 絵がとても綺麗で、それをティエリアが気に入ったのだ。ネットで見つけて、これが欲しいとティエリアが言っていたのを、ロックオンはちゃんと覚えていた。 地上に降りたのは、その絵本がある古本屋に直接買いにいったからだ。プレミアがついていて結構な値段になったが、ティエリアのためならどうってことなかった。 その矢先の敵襲だった。 ロックオンは、ティエリアを守ってやれなかった。 ティエリアはロックオンの帰りをずっと待っていたという。敵襲がきても、笑顔で刹那とアレルヤと別れたという。 ロックオン・ストラトスはガンダムマイスターを辞めた。 その時、24歳になったばかりだった。 刹那とアレルヤは反対した。ロックオンがガンダムマイスターを辞めるなんて、必要ないと。ティエリアは奇跡的な回復を遂げて復帰したのだから、辞める必要なんてどこにもないだろうと。むしろ、愛した相手をこのまま放っておくのかと責められた。それでも、ロックオンの意思は変わらなかった。 無論、ミス・スメラギにも止められたが、それでも誰もロックオンを止めることはできなかった。 それは、CBが経営する病院で、まだ意識を回復せずにいるティエリアを「処分する」と言い出した「ティエリア・アーデ」と名乗る者との出会いのせいだった。 「処分だなんて、あんまりだろう!」 「だけど、あなたが愛したあの「ティエリア・アーデ」はもうだめだ。僕と同じタイプのティエリア・アーデは一人で十分だ。あれはもう、「ティエリア・アーデ」ではなく、そうだった者。話は全て聞いている。その必要があるなら、「ティエリア・アーデ」だった者と同じようにふるまおう。ある程度の期間までなら、ヴェーダを経由して僕は同じ記憶を共有している。あなたが愛したティエリアだ」 そう、目の前のティエリアは告げた。 何の顔色一つ変えずに。 白皙の美貌は美しすぎて、畏怖さえ覚える。その氷の結晶のような美貌はティエリアそのもの。 その声もティエリアそのもの。 目の前にいるのは、そう、「ティエリア」 CBが目覚めさせた新しい「ティエリア」であって、記憶もある程度共有しており、奇跡的に回復したティエリアとは今目の前にいるティエリアのことだ。 そしてロックオンが愛し、未だに目覚めないティエリア・アーデは「かつてティエリアだった者」 過去形である。 ガンダムマイスターは変わった。いや、正確には変わってはいない。指紋も声紋もDNAも何から何までティエリアそのものなのだから。記憶さえ、ティエリアのものを受け継いでいるという。つまりは、今目の前にいるティエリアが、明日からは皆が愛する、そしてロックオンが愛する「ティエリア」となるのだ。 ティエリア・アーデとして、一人のガンダムマイスターとしてトレミーに乗る。 「ロックオン、僕はここにいる」 目の前のティエリアは、そうしっかりと伝えてきた。 記憶の共有のせいか、確かに目の前の「ティエリア」はロックオンを愛しているように見えた。 「哀しむ必要なんてどこにもないから。僕はあなたを愛している。誰よりも、愛しているから。大丈夫、何も心配することはないよ」 「ティエリア」に優しく抱きしめられて、ロックオンは唇を噛み切った。つーっと、血が顎を伝い床にポタポタと落ちた。 「苦しまないで」 ロックオンは、その「ティエリア」を抱きしめて、声を押し殺して泣いた。 その「ティエリア」は聖母のように、ずっとロックオンを抱きしめて、何度でも愛していると言ってくれた。 俺が愛したティエリア。 ティエリア、ティエリア、ティエリア。 ティエリア。間違いなく、俺を抱きしめているティエリアも、俺が愛したティエリア。 ああ。 神がいるというのなら、この運命を呪う。 NEXT |