硝子細工の小鳥「愛とは──」







ティエリアは、結局そのままロックオンとの「愛」という記憶を消された。だが、愛という感情がなくなったわけではない。ロックオンと培ってきた「愛」でできた年月を消されたのだ。
「ロックオン?どうかしたのですか。とても暗い顔をして」
目覚めたティエリアは、あれだけ泣き叫んだことも覚えていなかった。自分が精神的ショックのせいで気絶したことも覚えていなかった。
「僕は、何故治療カプセルに?」
「ああ、ちょっと前の事故の傷を診察したら、骨に歪みがみられたのでそれを治療した」
「そうか。ならば、もう問題はないな?」
「あのな、ティエリア」
「なんですか?くだらない用なら今度にしてください」
目覚めたティエリアは、ロックオンと出会って間もない頃のティエリアに似ていた。
「俺な、ガンダムマイスター明日で辞めることにしたんだ」
「え?」
思ってもみなかった言葉に、ティエリアが固まる。
ロックオンを見上げて、ティエリアは慌てた。
「な、何か僕は気にさわるようなことでもしましたか。そんな急に辞めるだなんて。せっかく皆で力を合わせてここまできたのに、何故?」
「どうしても、大切な、守りたい存在があるんだ。守るために、辞める。家族の仇よりも、守らなきゃ──あいつは生きていけないんだ。俺が傍にいないと」
「そんな。あなたがいないとだめなのは、ガンダムマイスター全員です!考え直してください」
必死で説得するティエリアの頭を撫でて、ロックオンはもう決めたのだと決心したように口を開いた。
「どうか、俺を憎んでくれ」
「?」
ティエリアは、分からないというように首をひねっていた。

それからいろんな手続きを踏んで、CB監視の元でロックオンはアイルランドの生家でひっそりと生活をはじめた。
ロックオンという名は、弟のライルが引き継ぎ、ただのニール・ディランディに戻った。もう、ロックオンと懐かしい声で呼ばれることはないのだろうか。
病院から引き取ったティエリアは、当時すでに目が覚めていて、そのことにロックオンは喜んだが、だがすぐに落胆した。
「あーうー」
言葉の形成が、ままならないのだ。記憶を失い、記憶することもできないかもしれないとドクター・モレノが言っていた通り、何度言ってもティエリアはロックオンのことを覚えてくれなかった。
「あー?」
赤ちゃんのように、言葉をただあーだとかうーだとか発言するティエリアを、何度も病院に通わせて脳の大手術も行った。
だが、結果は思うようにいかない。
何度目かの大手術の後、ロックオンは医師に呼ばれた。
「これ以上の手術の積み重ねは、患者の生命を奪う危険があります。貴方が夫である限り、それでも手術を続けるというのなら、この誓約書にサインを・・・・」
ロックオンは、その誓約書にサインをしなかった。
手術はやめた。
ロックオンは、ティエリアを自分の籍に入れていた。夢見た結婚式はできなかったが、それでも結婚はした。けれど、その事実をティエリアは分かってくれない。

「しっかりしろよ、ニール。もう、戻れないんだろ」
もう事故から気づけば2年が経過してロックオンは26歳になっていた。
CBは財政的支援はしてくれるが、今のティエリア・アーデは世界では死んだはずの存在であり、それ以上のことはしてくれなかった。
それもそのはずだろう。
今もティエリア・アーデは元気にトレミーに乗って、ガンダムマイスターを続けているというのだから。弟のライルからの通信では、ティエリアは皆とうまくいっているらしい。
刹那ととても仲がよいそうだ。一緒のベッドで眠るくせがあるらしい。ティエリアだなぁと、ロックオンは思った。ティエリアはロックオンを憎むことはせずに、たまに手紙をくれる。
それがとても嬉しかった。
自分が殺してしまったもう一人の愛しいティエリアが、今は元気にガンダムマイスターのリーダーとなった刹那と寄り添いあっているという。愛という感情をなくしていなかったティエリアは、ロックオンのいなくなったトレミーでライルではなく刹那を選んだのは、きっと自己防衛本能が働いたのだろう。
そして、記憶は消されても哀しみにくれるティエリアをずっと励まし、傍にいてくれた刹那に少しづつ心を許していったのだという。そういえば、言っていたな、刹那は。
「ティエリアを泣かすようなら、俺が奪い取るぞ、か・・・」
今となっては懐かしい台詞だ。
現実に、ティエリアを奪われたわけだ。でも、それがティエリアの幸せに続くのなら願ってもいないことだ。
「なぁ、ティエリア。今日はお前の好きなシーフードパスタだぞ」
「はい。好きです」
何度もリハビリを行い、ティエリアは目覚しく回復していった。
ロックオンの努力と介護がその裏にあったことは言うまでもない。
最初は一人で食事もできなかったティエリアだが、今では一人で食事もできる。少しなら外出もできる。
「愛してる、ティエリア」
「ティリアって誰?」
「お前さんのことだ」
「へぇ、僕はティエリアっていうのか。あなたは誰?」
「俺はロックオン・ストラトス」
あえて、コードネームをそのまま使っていた。その名前がティエリアにとっては馴染み深かったからだ。本名がニール・ディランディであると教えても、ティエリアはロックオンの名を気に入っていた。ニールの名が嫌いないわけでは無論なかったが。
「あなたはロックオン。僕はティエリア。今日の夕食はシーフードパスタ」
「そうだ、偉いぞ」
ティエリアの頭を撫でる。すると、ティエリアはとても嬉しそうにロックオンに抱きついてくる。
ティエリアを抱きとめながら、新しく買いなおしたジャボテンダーを持たせる。
「これ、なぁに?」
「ジャボテンダー。お前さんの好きな、お前さんの親友だ」
「親友」
「そうだ。昨日刹那から手紙がきた。アレルヤもライルもティエリアも元気にしてるみたいだ」
「ティエリアってだぁれ?」
「んとな、俺が愛している人だ」
「あなたはだあれ?」
記憶する、という行為はほぼ無理に等しいのかもしれない。
それでも、ロックオンはただひたむきなまでに、守れなかったティエリアを守り、傍に寄り添い、愛し続けた。



 



NEXT