青春白書8







「どうしたの、ティエリア。最近機嫌がよさそうだね」
朝食のテーブルについたアレルヤとティエリアと刹那。
「そ、そんなことはない」
ティエリアは必死で首を振る。
「なんか・・・かわいくなった」
アレルヤの一言で、ティエリアはぱっと顔をあげた。周囲に花が咲いている。
隣にいる刹那はこういうことに疎いが、流石のティエリアの反応は率直すぎてすぐに気づいた。ティエリアはアレルヤを保護者としてではなく、異性として慕っている、恋をしているのだと。
それをアレルヤに教えるような刹那ではない。ティエリアはそんなことは望まないだろう、この親友は。
男性として育てられたせいで、思考の半分も行動もどこか男性のものに似ているけど、明らかに少女だ、ティエリアは。疎い刹那の目から見ても分かるほどに、アレルヤに恋をしている。
でも、アレルヤは鈍感すぎてそれに気づきもしない。
「そうだ、今日は髪くくってあげるね」
「ほ、ほんとうか?」
「うん。かわいい髪飾りもあるよ。つけていこうか」
「うん、つけていく」
「ティエリアもせっかく美人なんだし。もっとおしゃれに気を使わないと」
「そうかな?」
ティエリアは、別に自分の容姿なんてどうでもいいと思っている。ただ、誰の目をもひく美しさを与えられた。それだけだ。おしゃれしようなんて思ったことはない。

自分のことに疎いアレルヤであったが、ニールとティエリアの仲は気づいていた。
ニールに尋ねてはいないが、泊まりにくると二人は何か秘密を共有しあっているように見えた。ティエリアの口からニールの話題が増えた。
アレルヤが話すニールの過去を熱心に聴いている。ああ、この子はニールに恋をしているんだなと思った。ニールになら、ティエリアのことは任せられると思った。きっと、大切にしてくれる。
ニールの過去はしっている。同じような傷を持つ二人は、きっと惹かれあうのだろう。
携帯で話しているようだし、メールのやりとりもしているようだ。教師と生徒いう障害はあるが、二人ならそれさえも取り除けるとアレルヤは思った。

アレルヤは、ティエリアの髪を綺麗にポニーテールにすると、硝子細工でできたかわいい髪飾りを留める。
マリーにあげようと思って買ったものだが、ティエリアにあげよう。
かわいく女の子になっていくティエリアを見るのも、アレルヤは好きだった。
そのまま、上機嫌でティエリアと刹那は学校に出かけてしまった。

朝の3時間目。いつもティエリアがくる時間。
IQとは別に、ちょっとした問題児であるティエリアが、ニールの保健室に通い、心のケアをしていると教師の間では広まっていた。ニールは担任の教師にまでティエリアをお願いしますといわれたほどに信頼されていた。
ティエリアが倒れたり、発作のように暴れるのは、教師一同皆知っていた。それがティエリアの過去の、精神的なものからくるものだということも。
リジェネが教師側にあらかた話し、理解と納得を促したのだ。
最近のティエリアはとても落ち着いていて、何より生きている耀きに溢れていた。
3時間目、いつもはティエリアが来る時間なのに、今日はこなかった。
まぁそんな日もあるだろうと、ニールは普通に過ごしていた。
ニールが呼び出された。

呼び出された先は、生徒指導室。
ティエリアから事情を聞いてほしいとのことだった。他の教師には何も話さないのだと。ニールになら話すだろうと他の教師がニールを呼び出したのだ。
生徒指導室に入ると、ティエリアは黙って俯いていた。
手に、粉々に砕け散った髪飾りを握り締めていた。
なんでも、隣クラスの優等生で名高い女生徒といさかいをおこしたらしい。ただのケンカかと教師らは思ったが、ティエリアが女生徒を拳でなぐりつけ、女生徒は鼻血を出して泣き出した。
優等生の生徒とティエリアの接点は、周囲から見ると友人という位置にあったらしい。何度か同じ場所にいたり、会話をしているところを目撃されているし、ティエリアは女生徒の友人にノートを見せているのだという。
優等生同志で友情を築くことはよいことだと、教師たちは思っていた。ティエリアに同性の友人はクラスにいないので、よい友人になってくれると期待さえされていた。
その友人をよりによって拳で殴りつけた。周囲が必死で止めるまで、ティエリアは暴れて女生徒にものを投げつけたりしていたという。
女生徒は念のため病院にいっている。
鼻血が止まらなかったのだ。

「なぁ。なんで・・・・」
二人だけにされた生徒指導室で、キッと、ティエリアはニールを睨みつけたかと思うと開口一番にこう言った。
「僕は謝罪しない。何があっても謝罪しない」
「どうしたんだ、暴力なんてお前らしくもない」
ティエリアは、発作的に暴れることはあっても、他人に暴力を振るったことは今までなかった。
「あの女が悪いから」
「あの子にいじめられてたの?」
ティエリアは、無言で俯く。
「いじめられてるなら、なんで相談を・・・」
「あいつはアレルヤの親戚なんだ!僕がアレルヤに恋しているの知ってる。いうこと聞かないとアレルヤにばらすって!」
「脅されてたのか」
いじめではあちがちなパターンだ。
「どうってことなかった。ただ、ノート見せろとかそれくらいだったから。金を要求してきたこともあったけど、つっぱねた。僕が発作的に暴れると困るんで、相手もそれ以上はいってことなかった。かわりにノートとったり、宿題をするくらいなんの苦痛でもなかった。実際に、嫌がらせしてくるのはあの女のグループじゃなかったし」
「他にいるのか・・・」
ニールは、ティエリアの手をとる。
「破片が指につきささってるぞ。捨てないと」
「嫌だ」
手からは血が滲んでいた。大切な髪飾り。大好きなアレルヤがくれたもの。
「これ、あの子が壊したの?」
「うん」
「はじめて髪飾りしていった。そしたらあの女に呼び出されて、取り上げられた。取り返そうと必死になったら、あの女、これ地面にたたきつけた。だから殴った」
「理由はなんであれ、人に暴力を振るうのはよくない」
「じゃあ!じゃあどうすればよかったっていうのさ!アレルヤから、アレルヤからもらった大事なものなのに!アレルヤがかわいいっていってくれたんだ。似合うって。今までいろんなものもらったけど、こういうの興味ないからいらないって断ってた。はじめてもらったんだ、髪飾り。髪だって、長いほうがスキだってアレルヤが言ってたからずっと伸ばしてる!・・・アレルヤが笑顔でつけてくれて、似合ってるよかわいいよって言ってくれたのに!!」
ティエリアは破片を握り締めたまま。

ニールはティエリアを抱きしめた。
「守ってやれなくてごめんな」
「・・・・・・う、うわあああああ」
ティエリアは、ニールの背中にしがみついて泣き出した。

結局、この事件は二人のただのケンカとして処理された。女生徒の傷は大したものでもなく、ティエリアをいじめているとばれることを怖がって、女生徒は自分が友人であるティエリアとケンカしただけなのだと言い出したのだ。

ティエリアを保健室に連れて行き、破片のささった手を治療する。
「アレルヤに、謝らなきゃ。怒るかな?」
「大丈夫、許してくれる」
「うん・・・・・」

刹那が迎えにきた。
そのまま、授業時間も全て終わって、ティエリアは刹那と一緒に下校した。

割れた硝子細工の髪飾りの破片を、ティエリアは大切にハンカチで包んで持って返った。



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