それが、たとえ禁忌でも「地上の天使」







アイルランドの冬は厳しい。
北の地方にあるだけあって、雪も深く積もる。
本格的に降り出した雪は、ティエリアの体温を奪っていく。
紫紺の髪に雪が降り積もる。
そのまま、ティエリアは墓を抱きしめた。
そして、石榴色の瞳を閉じた。

「ロックオン、愛しています」

あなたの元へ。
あなたの魂の元へいける。

やがて、ティエリアは意識を失った。
ロックオンの墓の前に倒れてしまったティエリアを埋葬するように、白い雪が深く深く降り積もる。
その体温は、凍え死んでもおかしくないくらいに低くなっている。

スウッと、少女が現れ、白い雪を踏んだ。
「それがあなたの願い?綺麗な歌声を白い雪と一緒に埋葬するの?あなたの歌声は、いつもあなたの大切な人に届いているのに。ねぇ、地上の天使。また、歌って?」
白い羽をちらして、少女が雪にまみれていくティエリアを見下ろす。
雪は、少女を避けて降っていた。
少女のまわりだけ、だんだんと雪が溶けていく。
少女が、淡い光を放った。
ティエリアの体の内側から、エメラルドの光が飛び出した。
少女は、羽を舞い散らせながら、エメラルドの光に話しかける。
エメラルドの光は震えていた。少しづつ死へと近づいていくティエリアを包み込むように、エメラルドの光が強く輝いた。
「そう。あなたは、それがたとえ禁忌と分かっていても、望むのね。私も、すでに禁忌を犯しているから。この地上の天使に約束したの。三日間だけ、あなたの望みをかなえてあげると。この地上の天使は、同胞にしたいくらいに綺麗。それに、誰よりも美しい声で歌う」
エメラルドの光が明滅した。
「歌声は、全部あなたに向けられたもの。この地上の天使は、あなただけのものなのね。このまま雪に埋葬されてしまえば、同胞として向かえるつもりだったけど、ダメなのね。少し残念だわ」
少女は、雪に埋もれていくティエリアをまた見下ろした。
「地上の天使。私よりも綺麗。美しい。でも、なんて寂しくて哀しい魂をしているのかしら」
少女が涙を流した。
その涙は、雪の上におちると、雪をかき消した。
「あなたとの約束、かなえてあげる。私にはそんなに力はないから、三日間だけ。忘れないで。三日間だけなの。それ以上は無理なの。地上の天使。どうか、また綺麗な声で歌って」
少女のまわりを、白い羽が舞い落ちる。
白い羽は、雪に触れると消えてしまった。
また、少女の姿が空気に溶けていく。
「忘れないで。三日間だけなの」


サクサクサク。
雪を踏みしめる音が近づいてくる。
防寒服に身を包み、白い雪で埋葬されていくティエリアを見下ろす。
「ここで、死ぬのか?」
ティエリアの上に降り積もった雪を払う。
ティエリアは、ピクリとも動かなかった。
その白い肌は、雪とあまり変わりないくらいに白い。
凍ってしまった絶世の美貌。
「歌声は、いつも聞こえているのにな」
しっかりとした足取りで、大地を踏みしめる。
ティエリアを抱きかかえた。
その体重は、以前とかわらず軽いままだ。
エメラルドの瞳が、懐かしそうに抱いたティエリアを見る。

ふわり。
また、少女が現れた。
「これが精一杯。私には、あまり力がないの。あとはあなた次第。地上の天使を、どうか死なせないで」
哀しそうに、少女は抱えあげられたティエリアを見る。ティエリアの白い手には、鍵が握られていた。

せっかく、鍵を渡したのに。
それなのに、地上の天使は最愛の人の墓の前で、今にも死のうとしている。
三日間だけのプレゼントの約束が、これでは意味がなくなってしまう。
一方的な約束であったが、少女には構わなかった。
いつもいつも、澄んだ綺麗な歌声を聞かせてくれる地上の天使に、何らかの形でお礼がしたかった。
今が、まさにその時なのだ。

少女は、雪を踏みしめる影の手を握った。
少女の姿がまた溶けていく。
雪を踏みしめて、大地をにしっかりと立つ影の中に、溶けていく。
「悪く思わないで。こうでもしないと、あなたの姿を保っていられないから。私は眠っているわ。忘れないで。時間は三日間だけ。今から三日間だけよ。それ以上はあなたの魂が消えてしまう」
「ああ、分かったよ」
「どうか、地上の天使の歌声をまた聞かせて。私の楽しみといったら、この地上の天使の唄をきくことくらい。さぁ、はじめましょう。
少女の声が弾む。
「さぁ、はじめましょう。禁忌であるエデンへの扉は今開かれた。あなたはアダム、地上の天使はイヴよ。禁忌の木の実はないけれど、エデンへの扉は開いている。さぁ、はじめましょう」

サクサクサク。
深い雪を、しっかりと踏みしめて、その影は歩く。
ティエリアを抱きかかえたまま。
停めてあった車の暖房をフルモードにして、用意していた毛布で包みこむ。
死の間際にあったティエリアの体が少しずつ温まっていく。それを確認するまでもなく、車を発進させた。
ティエリアの握った鍵の家に向かって、車は走っていく。



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