同じ風景が続く。 僅かにあけた窓から、湿ったような水分を含んだ匂いを感じ取って、ティエリアは顔をあげた。 「車を右に」 「へ?でも場所は左方向だぜ」 「あくまで予想地点でしょう。実際にそこに雨が降ったか確かめていないのなら、右だ」 「いや、雨が降ったのは確かめたし、もう咲いてるはずだ。あんまり規模が大きくないけど」 「知っていますか。始めて神の庭に足を踏み入れた人間は、願いごとが叶うって」 「何それ」 「この地方の人たちが信じる、神話のようなもの。北の方角に、雨が降った気配がする。当たっていれば、きっとそこにも神の庭が出現している」 ティエリアの瞳は金色に変わっていた。 「お前さん・・・凄いのな」 ティエリアの言葉を信じて、ハンドルを右に切る。 そのまま誘導されるままに何時間かアクセルを踏み続けて、景色が変わった。 一面に咲き乱れる、楽園。 花たちが咲き乱れ、風に揺れて花びらを舞わせる。空のロンド。 「うわ・・・すげー、なんて規模だ」 「当たってた」 ティエリアは、ロックオンを置いてかけだした。 花畑の奥へ奥へと翔けていく。 様々な色の花が交じり合う、神の庭。世界でたった一つ、その場所だけの楽園。ほんの僅かな時間だけの。 「こりゃ、周囲に人の気配いないし、一番乗りか?」 ロックオンがティエリアの後を追う。 ティエリアは、花畑の真ん中に倒れこんだ。 「ティエリア?」 「凄い・・・凄い」 ティエリアは感動のあまり涙を流していた。 「こんな景色が世界に存在するなんて。本当に神の庭。楽園だ」 飛び回る蝶々の群れを目で追いかける。 「世界でたった一つの楽園」 「見たかったんだろう?」 「うん」 ティエリアは微笑んだ。 本当にいろんな種類の花が咲き乱れている。続く花畑の光景に、ロックオンが持ってきたカメラのシャッターを切った。 「ティエリア、立って」 素直に立つ。 「笑って」 ティエリアは、摘んでいた花を両手で空に向かって放り投げた。 花の雨。 カシャ、カシャ、カシャ。 綺麗な笑顔を写すように、カメラのシャッターを何度も切る。 ロックオンは、カメラマンになりたかったわけではなかったが、この景色をカメラにおさめたかった。被写体は、ティエリアと神の庭。 蝶を追いかけるティエリアに、シャッターを切る。 花冠と花の首飾りをつくっているティエリアをカメラにおさめる。ひとしきりカメラでとって満足したのか、ロックオンはカメラをおろす。 ティエリアは、花冠をロックオンの頭に乗せた。 クスクスクス。 零れ落ちる笑顔。まるでフェアリー。 ロックオンは、ティエリアをぎゅっと抱きしめた。 「ロックオン?」 「なんか、神の庭と一緒に連れて行かれそうな気がして」 「気のせいだよ」 「そうだな」 「あなたのほうが、神の庭と一緒に連れて行かれる気がする」 綺麗なエメラルドの瞳を持つ青年を、ティエリアは抱きしめる。 そのまま、抱きしめあったまま花畑に転がって、空を見つめていた。 「ほら」 「きゃ!」 「とととと・・・」 抱き上げたティエリアを、くるくる回そうとしたら、つまづいてこけた。 二人は、花畑で笑い声をあげる。 「何がしたいの、あなたは」 「こうしたいんだ」 「きゃあ!」 ティエリアを抱き上げて、ロックオンは思い切りくるくるとまわると、花畑の中心で二人一緒になってダイブする。 「綺麗」 水色の花を撫でる。甘い匂いに包まれた世界。だけど、ティエリアが一番甘い香りがするのは何故だろう。いつだって、ティエリアからは甘い花の香りがする。 花畑に包まれても、消えない。< NEXT |