世界でたった一つの楽園5







同じ風景が続く。
僅かにあけた窓から、湿ったような水分を含んだ匂いを感じ取って、ティエリアは顔をあげた。
「車を右に」
「へ?でも場所は左方向だぜ」
「あくまで予想地点でしょう。実際にそこに雨が降ったか確かめていないのなら、右だ」
「いや、雨が降ったのは確かめたし、もう咲いてるはずだ。あんまり規模が大きくないけど」
「知っていますか。始めて神の庭に足を踏み入れた人間は、願いごとが叶うって」
「何それ」
「この地方の人たちが信じる、神話のようなもの。北の方角に、雨が降った気配がする。当たっていれば、きっとそこにも神の庭が出現している」
ティエリアの瞳は金色に変わっていた。
「お前さん・・・凄いのな」
ティエリアの言葉を信じて、ハンドルを右に切る。
そのまま誘導されるままに何時間かアクセルを踏み続けて、景色が変わった。

一面に咲き乱れる、楽園。
花たちが咲き乱れ、風に揺れて花びらを舞わせる。空のロンド。
「うわ・・・すげー、なんて規模だ」
「当たってた」
ティエリアは、ロックオンを置いてかけだした。
花畑の奥へ奥へと翔けていく。
様々な色の花が交じり合う、神の庭。世界でたった一つ、その場所だけの楽園。ほんの僅かな時間だけの。
「こりゃ、周囲に人の気配いないし、一番乗りか?」
ロックオンがティエリアの後を追う。
ティエリアは、花畑の真ん中に倒れこんだ。
「ティエリア?」
「凄い・・・凄い」
ティエリアは感動のあまり涙を流していた。
「こんな景色が世界に存在するなんて。本当に神の庭。楽園だ」
飛び回る蝶々の群れを目で追いかける。
「世界でたった一つの楽園」
「見たかったんだろう?」
「うん」
ティエリアは微笑んだ。

本当にいろんな種類の花が咲き乱れている。続く花畑の光景に、ロックオンが持ってきたカメラのシャッターを切った。
「ティエリア、立って」
素直に立つ。
「笑って」
ティエリアは、摘んでいた花を両手で空に向かって放り投げた。
花の雨。
カシャ、カシャ、カシャ。
綺麗な笑顔を写すように、カメラのシャッターを何度も切る。
ロックオンは、カメラマンになりたかったわけではなかったが、この景色をカメラにおさめたかった。被写体は、ティエリアと神の庭。
蝶を追いかけるティエリアに、シャッターを切る。
花冠と花の首飾りをつくっているティエリアをカメラにおさめる。ひとしきりカメラでとって満足したのか、ロックオンはカメラをおろす。

ティエリアは、花冠をロックオンの頭に乗せた。
クスクスクス。
零れ落ちる笑顔。まるでフェアリー。

ロックオンは、ティエリアをぎゅっと抱きしめた。
「ロックオン?」
「なんか、神の庭と一緒に連れて行かれそうな気がして」
「気のせいだよ」
「そうだな」
「あなたのほうが、神の庭と一緒に連れて行かれる気がする」
綺麗なエメラルドの瞳を持つ青年を、ティエリアは抱きしめる。
そのまま、抱きしめあったまま花畑に転がって、空を見つめていた。

「ほら」
「きゃ!」
「とととと・・・」
抱き上げたティエリアを、くるくる回そうとしたら、つまづいてこけた。
二人は、花畑で笑い声をあげる。
「何がしたいの、あなたは」
「こうしたいんだ」
「きゃあ!」
ティエリアを抱き上げて、ロックオンは思い切りくるくるとまわると、花畑の中心で二人一緒になってダイブする。
「綺麗」
水色の花を撫でる。甘い匂いに包まれた世界。だけど、ティエリアが一番甘い香りがするのは何故だろう。いつだって、ティエリアからは甘い花の香りがする。
花畑に包まれても、消えない。<

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