血と聖水U「血の帝国」







「血と聖水の名において、アーメン」
ティエリアは、動かなくなった屍の心臓に銀の弾丸を撃ち込むと、聖水をふりかけた。
屍は活動を完全に停止して、サラサラとまるで砂のように灰となっていく。ヴァンパイアもしくは、血を吸われたヴァンピール(存在はヴァンパイアに近いが知能が0)の末路だ。

ティエリアに信じる神はない。それは、同じヴァンパイアハンターであるリジェネも刹那も同じこと。
ヴァンパイアハンターは普通、太陽神を信仰する。教会との関わりも密接で、神父やシスターの資格を持っているヴァンパイアハンターだって多数いる。
ティエリアは普通のヴァンパイアハンターではない。
人が、ヴァンパイアを狩るために生み出した人工ヴァンパイア。ヴァンパイアならば、人のように傷つけられてすぐに死ぬことはない。傷が再生するからだ。人工ヴァンパイアは、ヴァンパイアハンターとして育成される。
彼らはイノベイターと呼ばれ、金色の瞳を持っているのが特徴だった。主だったイノベイターはティエリア、リジェネ、刹那とそして教会側が外に出さないアニューという女性の四人だ。他にもイノベイターは存在するが、育成に失敗したり、気ままに生きてヴァンパイアハンターとして命令された任務を黙々とこなすのは、ティエリアとリジェネと刹那の三人。アニューは治癒の力をもつヴァンパイアハンターで、ハンターとしては向いていない。ヴァンピールになる寸前の人間や、ヴァンパイアに血を与えられ血族とされた元人間であるヴァンパイアを魔法で治癒し、人間に戻せる数少ないシスターとして活動している。

ホウホウ。ホウホウ。
梟の鳴く声が闇の森に木霊する。
ティエリアは小さなカプセルを取り出すと、灰をつめた。灰を持っていくことで、ヴァンパイアハンターはヴァンパイアを倒したと認められ、ハンター協会から褒賞金を受け取るのが普通だ。
そうして、成長しながら次第に強いヴァンパイアを倒していき、いずれ7つ星をもつ一流のヴァンパイアハンターと認められる。最近では7つ星システムも変動し、ヴァンパイアハンターは7つ星でもA〜Cクラスに分けられるようになった。7つ星でも差があるためだ。一番上はトリプルAのAAA。
リジェネはBクラス、刹那はAクラスだ。もっとも、二人ともトリプルAの力を持っているが、人間に疎まれるのを嫌ってトリプルAにはならないようにしている。ヴァンパイアハンターは孤独になりがちだが、それを避けるのが協会側の狙いである。強いロードヴァンパイアであっても、ヴァンパイアハンターたちが複数で協力しあうことで倒すことも簡単になる。褒賞金よりもより強い者を倒すことが目的といった、プライドの高い連中が多くでてくる今までのシステムを改竄し、協力することでより高い褒賞金が出たり、更に上の階級へと認められるようになってきたので、最近のヴァンパイアハンターはソロで活動する者の数が圧倒的に多いが、昔に比べるとペアやトリオなどで狩りを行う者も多くなったのは事実だ。
ヴァンパイアハンターはいつ死んでもおかしくないため、ソロで活動するのが常だった。
それはティエリアとて同じことだ。
ホウホウ、ホウホウ。
梟の鳴き声に耳を済ませながら、ティエリアは灰をつめたカプセルをしまいこむと、特殊な洗礼を受けた銃をホルダーにしまいこみ、聖水をリュックサックにいれて、それを肩に通す。
「ティエリア、あははははは見て見てこいつ。三つ星のくせに今回のBクラスのヴァンパイアに挑んで殺されかけたところをを助けてやったら、懐いちゃった」
リジェネが、ふらふらとティエリアに近づいてくる。その腕の中には、ホウホウと鳴く真っ白な梟がいた。
何も、ヴァンパイアハンターは人間だけがしているわけではない。エルフや精霊種族、有翼種や羽耳種、獣人などさまざまな種族で構成されている。ヴァンパイアは人間の血だけでなく亜人種の血も好むため、違う種族からヴァンパイアハンターになる者もいる。人の言葉を理解できる獣だって、ヴァンパイアハンターになれる。
生粋のヴァンパイアでさえ、ヴァンパイアハンターになれるのだから、制限というものはない。
「梟?へぇ、変わってる。梟のヴァンパイアハンターか。かわいいね」
頭を撫でると、白い梟は目を細める。
「某(それがし)、これでもヴァンパイアハンターとなって12年になる。未だに三つ星なり」
リジェネの腕から大きな翼を伸ばして、ティエリアの肩に止まる。
「へぇ、12年で三つ星かぁ。僕みたいだね」
ティエリアは、一度「覚醒」をして四つ星になったが、三つ星に落とされた。覚醒してからランクを落とされるヴァンパイアハンターなんて前代未聞だと、笑いの種だ。
「僕も、ヴァンパイアハンターになって11年になるんだ。でも、未だに三つ星」
「ティエリアは生まれた時は七つ星だったのに、三つ星に落とされてずーっとそのまんまだもんねぇ。あははははは」
「リジェネ、うっさい!」
ティエリアはプリプリ怒った。

「七つ星を維持するのもけっこう大変なんだよ。いつでもAクラスなんかのロードヴァンイアかそれより上のヴァンパイアマスターの退治の命令ばっかり。この前は、ヴァンパイアマスターを2匹退治したね。最近はLVの高いヴァンパイアが多くて、ハンター協会も手を焼いている。ハンターの数は年々減少してるのに、ヴァンパイアはうじゃうじゃと「帝国」から這い出てくるし。まぁ、ヴァンパイアどもはバカじゃないから、LVが高い者ほどむやみに人を襲って殺してハンター協会に目をつけられることがないように、いろいろ試行錯誤してるみたいだけど」
「ブラッド帝国は某の故郷でもある」
梟がティエリアの肩で悠久の思いを語る。
ブラッド帝国・・・通称ヴァンパイア帝国。名前の通り、ヴァンパイアが住む皇帝が統べる国だ。そこのヴァンパイアは人工血液を飲んだり、民として生まれた人間の血液を集めたバンクから血液を買ったりして生きている。ブラッド帝国は由緒多々しい、ヴァンパイアが統べる気高き帝国である。民である人間を大切にし、共存している。人との共存が叶っているからこそ、滅びることがない。国家によってはブラッド帝国と貿易をしている国もあるし、ブラッド帝国からのヴァンパイアは「気高き血の民」としてエターナルと呼ばれる。エターナルは他のヴァンパイアのように狩りをせず、人工血液や自然のエナジーを糧とする。そうならず、好んで人を襲う者はエターナルとは呼ばれない。
リジェネのいう、うじゃうじゃと帝国から這い出してくるというのは、民である人間を虐殺しまくったりして、追放処分となったヴァンパイアのことをさす。
エターナルヴァンパイアは、その処分のために、自ら志願して、ヴァンパイアハンターとなる者がいるほどだ。血の帝国の民は孤高である。現在構成されているハンター協会と対をなす、裏のハンター協会はエターナルヴァンパイアのハンター専門の協会だ。数はそれほど多くはないが、皇帝の命令によって動く彼らは裏の協会を通じて皇帝とアクセスをとり、皇帝の命令に従う。皇帝絶対主義の帝国では、それがしきたりであった。
いわゆる貴族が数の大多数を占めており、皇帝のよき家臣でもあった。
ハンター協会だけでなく、各国家は彼らを迎賓扱いし、ブラッド帝国との関係を崩さないようにしている。彼らは、ヴァンパイアでありながらヴァンパイアハンターであると同時に、人間国家に放たれた密使もかねていた。

かつて、ブラッド帝国と人間国家は対立していた。
ブラッド帝国から人間国家に狩りにくるヴァンパイアがあまりにも多かったのだ。人は命を守るために帝国と戦い、結果は敗北とも勝利とも、または引き分けともいわれており、真実は定かではない。魔法大戦といわれた昔の戦争は、語る者がいない。人は真実を知ることもなく、そしてエターナルたちも知らない。かの大戦が行われたのは、今から遡ること7千年前。そんな昔の真実を知るものなどいない。
それまでの皇族の家系を処刑し、新しく皇帝についたエターナルヴァンパイアは、人間が大好きで、人国家との関係の修復をはかり、それは成功して7千年以上もの間、ブラッド帝国は人類の最大の敵であるヴァンパイアたちの国でありながら、今も栄えているのだ。

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