それが、たとえ禁忌でも「アダムとイヴ」







ロックオンが作ってくれたシチューを、二人で食べた。
ティエリアは毛布にくるまったままだ。
衣服は雪で濡れてしまい、乾く気配がまだない。
暖房のよく利いた室内で、二人は静かに食事をした。

どうして、食物があるのかは聞かなかった。
ただ、傍にロックオンがいる。
その事実だけは、消えない。

「ロックオン、もっと近くにきてください」
ソファに座ったティエリアが、ロックオンに抱きついた。
その温もりを何年間求めただろうか。
ロックオンは、優しく微笑してティエリアの頬にキスをする。
優しく、穏やかな時間が流れる。
二人で、昔のように寄り添いあって眠りについた。
ティエリアは忘れていた。約束の刻限は、三日間だけということを。

あまりに幸せすぎて、ティエリアはまた涙を零した。
やがて、一向に乾かないティエリアの服を業を煮やしたのか、ロックオンがクローゼットを漁って、ティエリアに着せるための衣服を選び出す。
いつまでも、裸でいさせるわけにはいかない。
暖房は効いていたが、それでも肌寒い。

ロックオンは、昔、よくトレミーで着ていた衣服を取り出して、ティエリアに着させた。
とてもぶかぶかであったが、仕方ない。
やがて雪がやみ、暖かな日差しが差し込んできた。
積もっていた雪は解けた。
ロックオンは、まどろむように眠りについてしまったティエリアを残して、買い物に出かけた。
ティエリアが着るために衣服と、食物などを買いに。

ティエリアが目を覚ます。
隣にいたはずのロックオンがいない。
「ロックオン、どこですか、ロックオン!」
家中を探し回っても姿を見つけられず、ティエリアはぶかぶかなロックオンの服をきたまま、フローリングの床に蹲って、泣き出した。
まるで幼子のように。
母親に捨てられた幼子だ。

「ひっく、ひっく。ロックオン、帰ってきて。僕を捨てないで。一人にしないで」

泣きじゃくる。
精神的に未熟な部分は、長い戦いの間で克服したはずなのに、やはり未熟な部分は残っていた。
無垢で、あまりにも幼い。
透明な涙が、綺麗な軌跡を描いて床に滴る。

「あーん」

ついには、本当の幼子のように泣いてしまった。
その泣き声に、帰ってきたロックオンが驚いた。
目を真っ赤に腫らしたティエリアは、とても痛々しかった。絶世の美貌を持っているだけに、余計に痛々しく見える。
ロックオンは、ティエリアが深い眠りについているからと、油断しすぎた。
ロックオンが帰ってきたことに気づいたティエリアは、ロックオンに縋りついた。
「嫌です。勝手に、居なくならないでください。僕の傍にいて下さい」
「一人にしてすまなかった。愛してる、ティエリア」
ロックオンが、買ってきた衣服をティエリアに渡した。
白で統一した衣服で、ケープがついていた。
それに着替えたティエリアは、本当に天使のようであった。
「唄、歌ってくれないか?」
ロックオンが、ティエリアの髪を撫でながらティエリアの綺麗な歌声を求めた。
それに、ティエリアがはじめて笑った。
安堵感からくる微笑であった。

ロックオンが傍にいる。
僕の傍にいる。
あんなにも求め続けた温もりが、すぐ近くにある。

ティエリアは唄を歌った。
エデンを追放されたアダムとイヴのことを描いた歌詞と曲だった。
それに、ロックオンが少し哀しそうな顔をする。
他にもたくさん歌った。
遥かなる歌姫の曲や、自分で作詞作曲した唄を歌う。
「まるで、俺に向かっての言葉みたいだな」
ティエリアが歌う。ティエリアが自分で作詞作曲をした曲に、ロックオンが涙を零した。
「ティエリア、ティエリア!一人にしてごめんな。先に逝っちまってごめんな。ずっと、傍にいるって約束したのに、俺は家族の仇をとっちまった。俺を憎んでくれて構わない」
それに、ティエリアが首を振った。
ケープが、動きにあわせて揺れた。
紫紺の髪は、肩の長さを過ぎて、腰の位置まで伸びていた。
なぜか、髪をカットする気は起こらなかった。なぜかは分からない。
ロックオンが生きていた頃のように、髪を結うこともない。
ただ、昔ロックオンがもっと髪が長ければいろいろと遊べるといった言葉に殉じるように、髪を伸ばした。
くせのないサラサラの髪は、傷むこともなく綺麗に揃えられている。

「あなたは、確かに僕をおいていきました。僕は泣き叫びました。でも、あなたを憎むことなんて、どうすればできるでしょう?こんなにも愛しているのに、あなたを憎むことなんてできない」
また、温もりを確かめるように抱きしめあった。
楽園を追放されたアダムとイヴは、こんな風に愛し合ったのだろうか。
そんなことを考えながら、ティエリアはロックオンの体温に目を瞑る。

ロックオンが、ブラシとリボンを持ち出してきた。
「せっかく長く綺麗に伸びてるんだから、ちょっと遊ぼうか」
「はい。あなたの好きにしてください。僕は、あなたのものですから」
躊躇いのない言葉だった。
二人で、口付けを交わす。恋人同士の口付けだった。
ロックオンの手が、ブラシでティエリアの髪を梳いていく。
そして、ツインテールに結われ、白いリボンで結ばれた。昔着ていたような、ゴシックロリータは入っていない。
白いリボンは清楚なものだ。

「ちょっと、買いたいものがあるんだ。一緒に買い物にでかけようか」
ティエリアが、顔を輝かせた。
また、ロックオンと一緒に町をあるけるのかと。

アダムとイヴは、きっと幸せだっただろう。
だって、仲を裂くものも、制限時間も存在しなかったのだから。



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