血と聖水V「母と娘」







容赦してはいけない。
分かってはいたが、ティエリアには辛かった。

殲滅対象のエターナルが住んでいたのは、貴族の館だった。
周囲に人間はいない。オートマティックバトルドールたちがメイドとなり、そのエターナルの世話をしていた。

今までたくさんのヴァンパイアやヴァンピール、それに何体かのロードを滅ぼしてきた。
皆、欲望のままに血を吸う屑ばかりだった。
だが、今回は違う。
今回の殲滅対象は、自分がヴァンパイアであることさえ理解していなかった。僕であるエルドシアがマリアーヌのかわりに人間を狩っていた。そして、その死体からマリアーヌは本能で血を啜ったのだろう。
ヴァンパイアとしての本能で。
本人は、ただ愛されたいだけの、愛に飢えた幼い少女。

「お姉ちゃん・・・・」
ティエリアは、殲滅対象であるそのエターナルを抱きしめていた。
まだあどけない、7歳くらいのエターナルの少女。
通常なら、成人まで親のヴァンパイアが保護する。ヴァンパイアはヴァンパイアとの間に新しい子を儲ける。それは人間と同じ。子に対して愛情だってある。人間と何も変わらない。
だが、人間を遅い血を糧とすることで、ヴァンパイアたちは人間の最大の敵となった。
帝国のように人間と共存するヴァンパイアだってたくさんいる。そういうヴァンパイアは駆除対象にならないように、人間がつくった特別保護区で人間と共存している。

少女はティエリアの腕をぬけて走り出す。
「ママ、ママ、起きて!」
少女は、ベッドに横たわった母親を揺さぶる。
カサカサに乾いて、ミイラ姿になった母親を。
「ママ、まだ寝てるの?いつになったら起きてくれるの?ねぇ、ママ」

このエターナルを殺さなければならない。このエターナルは百人以上の人間を、僕を使って殺した惨殺者。
でも、本人は生きるためにその行動をとったのだ。
親が自然からエナジーを得て生きる方法を普通は教えるのだが、それさえも教えてもらえなかったのだろう。

「ママは・・・・パパと結婚したの。ママの両親は反対した。パパはヴァンパイアだったから。パパはこの町の領主だったわ。人と共存をしていたの。怖がられていたけど。ママは、パパのことが好きだった。パパは、ママを大切にしていた。パパとママは結婚して、私が生まれた」

バサリと、少女の背中にの白い翼が羽ばたく。

「パパは、ママと私を守って、何も悪いことしてないのに・・・ヴァンパイアハンターのおじさんが殺しちゃった。どうして、人間とヴァンパイアは共存できないのかなぁ。ねぇ、ママ、どうしてかなぁ?」
少女はポロポロと涙をこぼす。

「ママはお腹の中に私がいたせいで、火あぶりにされそうになったの。パパが助けた。でも、みんな、ママを閉じ込めた。パパはママを連れ出して逃げたの。いつも逃げてた。でも幸せだった、パパもママも私も。パパは・・・・私の目の前で、ヴァンパイアハンターのおじさんに殺されて、ママは行くあてもなくパパの生まれ故郷に戻った。私を連れて。ママはパパの遺言で、パパの屋敷で私と今もこうして一緒に住んでいるの。ねぇ、ママ?」
答えることのない母親の遺体に、少女は何度も話しかける。
母親が死んでいると理解しているのだろうか。それも分からない。
「ママ、幸せだって、私と暮らせて幸せだって。次にママが起きるのいつかなぁ?もうずっと眠ったまんまなの」

ティエリアもロックオンも言葉を失っている。
刹那が、先に動いた。
「血と聖水の名において、アーメン!」
ホルダーから銀の銃をとりだし、少女に向けて発砲する。

「刹那!」
ティエリアがその邪魔をする。
「ティエリア、姿に惑わされるな!そいつはヴァンパイアで殲滅対象、百人以上も人間を殺していることを忘れるな!」
「あ、ママ!」
カサカサだった、ミイラの肌が水を帯びたように潤う。人の姿に戻っていく。
「ママ、2週間ぶりだね!おはよう、ママ!」
少女は母親に抱きついた。
母親は、愛しい娘を抱きしめて、口を開く。
「私は人間でありながら、ヴァンパイアである夫を愛し結婚し、禁断であるこの子を産みました。そのどこが悪いというのですか。なぜ、ヴァンパイアと人間との間の子が禁断なのですか」

「ネクロマンシー。あのエターナルの潜在魔法だな。僅かの間、死者を仮初に生き返らせる魔法だ」
刹那が銀の弾丸を装填する。

「人とヴァンパイアの間に子を産めば、その子は不幸になるからだ。だから禁断なんだ。人間との愛だって禁断だ。普通のヴァンパイアは血族に迎えてから子をもうける。そうしなかった、あんたの夫がダメだったんだよ」
「夫は・・・・病弱な私には血族に迎える行為が死を意味していると分かっていて、あえて血族に迎えませんでした。夫は悪くありません。悪いのは、全て・・・・・・この世界の倫理!」
「ママ!」
母親が、少女を抱いて飛び退った。
 



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