それが、たとえ禁忌でも「永遠の愛を誓う」







「今日は、行きたい場所があるんだ。そこは、特別な場所だ」
ロックオンが、目覚めたティエリアに、ティエリア用に買ったユニセックスな服を着せる。黒で統一しており、上から黒のケープを羽織る。
昨日白で統一したのとは違って、まるで堕ちた天使のようであった。
その白い翼は、堕ちて黒になってしまった。
そんな単純なストーリーが、ティエリアを見ていると浮かんだ。
今日は、髪を一つの三つ編にして、黒の飾り紐を編みこんでいる。リボンも黒だ。
眼鏡は外し、コンタクトをしていた。
特別な場所といわれて、ティエリアの胸が高鳴った。
眼鏡を外してコンタクトにしたのは、多分正解だろう。
黒の衣服は、ティエリアの白い雪のような肌を際立たせていた。
ロックオンも、正装する。だが、黒で統一していた。

黒は、まるで喪服のようなイメージがある。
墓参りでもするのだろうか。
ロックオンは、自分で自分の墓参りでもいくのだろうか。
ティエリアは分かっていなかった。
約束の刻限が、もう今日一日しかないということを完全に忘れていた。
ロックオンが、生きて戻ってきた。
ティエリアの中では、そうなっていたのだ。
もう、ずっと離れることはない。
ずっとずっと一緒だ。

なんて幸せなんだろう。
ティエリアは微笑んだ。
その微笑に、ロックオンは涙を零しそうになった。
「これからも、ずっと一緒にいてくださいね」
無邪気に笑うティエリアに、どうやって真実を伝えれるだろうか。
もうすぐ、お別れだなんて。
ロックオンには、言えなかった。

ペアリングを、太陽の光にすかして輝かせる。
本当に、幸せそうだ。誰よりも幸福であるというような表情をする、ティエリアは。
ロックオンの胸が痛んだ。

「どこに行くんですか?」
「ついてくれば分かるさ」

車に乗り込む。
そして、ティエリアを乗せて出発した。
ついた場所は、ロックオンの墓場に近い、寂れた教会だった。
ティエリアは、物珍しげにキョロキョロしている。
教会はもう何年も前に捨てられた建物で、神父もシスターもいなかった。その方が、ロックオンにはありがたかった。
「ティエリア、ペアリング外してくれるかな」
「嫌です!」
きっぱりと拒絶されて、ロックオンが困った。
「だって、これは僕たちの約束の印なんでしょう?どうして外す必要があるんですか」
「違う指輪をつけるから」
「え?」
そのまま、教会の中に引き込まれる。
イエス・キリストの銅像の前で、ロックオンはティエリアの指からペアリングを抜くと、その指にアレキサンドライトの指輪をはめた。
「これ・・・・」
はめられた指の位置を見て、ティエリアが驚く。
「俺こと、ロックオン・ストラトス、本名ニール・ディランディは、病める時も健やかなる時も、ティエリア・アーデを妻として迎えることをここに誓う」
「え・・・・」
ティエリアが、絶句した。
そして、はめられた指輪を見る。
涙が溢れた。
涙に歪んだ視界の中、ロックオンがティエリアに同じアレキサンドライトの指輪を握らせる。
「ティエリアは、誓ってくれないのか?」
ロックオンの言葉に、ティエリアはふるふると首を横に振った。
「僕・・・・・わ、私、ティエリア・アーデは・・・っ。ひっくひっく。」
嗚咽で、うまく言葉が出ない。
ロックオンは、そんなティエリアを抱き寄せた。
「ひっく・・・・病める時も・・・健やかなる時も、ニール・ディランディを・・・・ひっく、夫として迎えることを、ここに誓います」
震える手で、ロックオンことニール・ディランディの指に指輪をはめた。

リーンゴーン。

無人のはずの教会の鐘が鳴り響いた。
二人を祝福するかのように、鳴り響く。
ロックオンは、ティエリアに深く口づけした。
それは、永遠の愛を誓う口付けだった。

リーンゴーン。

純白のウェディングドレスも、タキシードもない。
神父の祝いの言葉もない。
祝ってくれる仲間もいない。
ブーケもない。

何も、いらない。
ただ、永遠の愛を誓い合えるなら、それでよかった。

リーンゴーン。

鐘が鳴り響き続いた。
「これで、ティエリアはおれの妻だ。ティエリア・ディランディ。ちょっと響きが悪いかな?」
ティエリアは泣いた。
「そんなことないです。僕は、幸せです。あなたと結婚できるなんて」
本物の結婚式ではなかったが、二人にはこれで十分だった。
ティエリアとロックオンは、並んで外に出た。
白い羽が、天空から二人を祝福するかのように降り注ぐ。
同じように、白い花びらが、雪のようにちらちらと二人を包み込んだ。
とても幻想的な景色だった。
黒い服を着ているせいか、白い花びらはティエリアとロックオンの二人の姿をくっきりと浮き彫りにさせた。

パサリ。

天空から、ブーケが降ってきた。
それを、ロックオンが受け取って、ティエリアに持たせた。
ティエリアはまた泣いていた。
涙の大洪水だ。
かわいいブーケを手に、ティエリアはどうすればいいのか分からない様子だった。
「ブーケは、放り投げるものだよ」
「誰もいないのに?」
二人を祝ってくれる観客は誰もいなかった。
「誰も居なくても、投げちまえ」
その言葉に従って、ティエリアがブーケを投げた。
花びらを散らして、ブーケは落ちた。
それを拾い上げたのは、幼い少女だった。
「結婚、おめでとう。あなたの夢はかなった?」
ティエリアは、なんのことか分からなくて、首を傾げた。
「ねぇ、とっても綺麗。同胞たちの誰よりも綺麗。歌って?お願い、歌って?」
幼い少女が、ティエリアの前にやってきてせがんだ。
それに、ティエリアが困った顔をする。
「歌ってやれ。俺も、お前の歌が聞きたい」

ティエリアは、黒のケープを風に揺らしながら、唄を歌った。
どこまでも澄んだ歌声が響き渡る。
そにれ、少女がうっとしとした表情になる。
「本当に綺麗。地上の天使の歌声は、なんて綺麗なのかしら」
「だろう。俺の自慢の嫁さんだ」
ロックオンの言葉に紅くなりながら、ティエリアは女性ソプラノで愛の唄を歌った。
永遠の愛を誓う。
そんな歌詞を歌い上げた時、ロックオンが切ない表情をした。
気にせず、ティエリアは歌う。好きなだけ歌ったら、少女が拍手を送った。

パチパチパチパチ。

「綺麗ね。本当に、本当に綺麗」
「ありがとう」
ティエリアが照れる。

永遠の愛を誓った。
ティエリアは、ロックオンと二人だけの結婚式を挙げた。
これでもう、二人は夫婦だ。

ティエリアは、心のどこかで何か大切なことを忘れていることに気づいた。
白い羽は止まったが、白い花の雨は止むことなく降り続ける。

少女が、ティエリアの手を握った。
暖かかった。
そして、ロックオンと並んで、歩きだす。
少女はブーケを大切そうに持っていてくれた。

リンゴーン。

無人の教会の鐘が鳴り響く。

三人で向かった先は、ロックオンの墓のある墓地だった。
ティエリアは、まだ幸せに満ちた表情をしていた。

エデンの扉はもう閉まってしまった。
約束の刻限は終わったのだ。
夢は、これで終わり。
あなたのかなえたかった夢は、もう終わりなの。

少女が、悲しそうに視線を落とした。
「エデンの扉は閉まってしまったわ。もう、私に力は残っていない。アダムとイヴの恋愛は、これで終わり。ごめんね、イヴ」
「なに?」
ティエリアは、分からない表情で、少女を見る。
少女は、紫紺の髪を揺らして、エメラルドの瞳で二人を見つめていた。
そして、ロックオンが強くティエリアを抱きしめた。
「ロックオン?」
石榴の瞳が、涙を流す。
思い出してしまったのだ。墓の前にまできてしまったから。
その墓は、誰でもないロックオン本人の墓。

白い花の雨が、止むことなく降り続いていた。



NEXT