それが、たとえ禁忌でも「永遠の別れじゃない」







少女が、また苦しげにうめく。
「エデンの扉はもう閉まっている。今なら、まだ私の力で開けれる。さぁ、急いで」
少女が、バサリと羽ばたいた。
背に、六枚の翼を持っていた。

「このまま、消滅しちまってもいいかなって思うんだ。ティエリアと会えないなら、ティエリアが俺の魂に気づいてくれないままなら、俺は魂があっても意味がない」
その言葉に、泣き叫んでいたティエリアがピクリと止まった。
「あなたの魂は、僕の傍にあるんですか?」
「ああ。ずっと、傍に在る。いつも、お前を見守っている」
ティエリアは、大分落ち着きを取り戻した様子だった。
ロックオンが、急に居なくたっりしなかったのが最大の原因であるだろう。
「いつも、お前の傍でお前を見ている。見守っている。だから、泣くな」
ロックオンの手が、涙を溢れさせたティエリアの涙を拭う。
それでも次々と、新しい涙が溢れる。
「愛している。この魂がある限り、永遠に。時が止まってしまえばいいのにな」

「それはできません。神の力をもってしても不可能です」
少女が首を振った。

ティエリアは無神論者だった。
だが、神はいるのだと、強く感じた。

「さぁ、最後のお別れを。地上の天使、あなたの願いをかなえたかった。私は、結局悲しい結末しか生み出せなかった。本当のアダムとイヴは幸せになったのに。私にできることは、ここまでです」
ロックオンの服が、黒のから白に変わった。
同じように、ティエリアの着ている服も黒から白に変わった。
「あなたたちに、悲しみの黒は似合いません。天使たちの白が似合います」
ロックオンの体が、空気に溶けていく。
「いやです、ロックオン、いかないで!」
「ごめんな。もう、お別れなんだ。永遠の別れってわけじゃないさ。いつか、俺は転生してまたお前の魂をみつけるさ。もう、お前の傍に在ることも限界なんだ。俺の魂は、天に昇る」
「いやです!僕の傍からいなくならないで!!」
悲痛なティエリアの言葉に、ロックオンが透けた体でティエリアを抱きしめた。
「愛しているよ、ティエリア。いつか、この地上でまた巡り会おう」
「僕が不老であることを知っているくせに!僕を置いていくのですか!」
「絶対に、いつかまためぐり合える。今のティエリアか、それともティエリアが転生したときか。分からないけど、約束するよ。愛してる。また、いつかきっと会おう」
「ロックオン」
伸ばされた手を掴む指は、透けてもう掴むことができない。
「この三日間、本当に幸せだった。ありがとな、ティエリア。それに、天使さんも」

「エデンへの扉が開きました。さぁ、行ってください。あなたは、本来ここにあってはいけない存在。さぁ、早く」

「愛してる」

ロックオンは、ペアリングと結婚指輪、それに衣服を纏ったまま霞のように消えてしまった。
「あああぁぁぁぁぁ・・・・・。」
ティエリアが、絶望の声を漏らす。
涙はまた溢れてきた。
「ロックオン、愛しています。これからも、ずっと・・・・」
指にはめられたままの、結婚指輪を見る。
ペアリングは、ポケットの中だ。

「地上の天使。いつかまた、唄を歌ってくれ。私は、長い眠りにつく。同胞たちの力をかりたが、奇跡を起こすのは禁忌だ。いずれ、堕とされるかもしれない」
幼い少女の姿であった天使が、青年とも女性ともつかぬ姿に変わっていた。
そして、虹色に瞳でじっとティエリアを見つめる。
「地上の天使。生きるのだ。死んではいけない。自殺は我らの中で最大の罪である。自殺すれば、その魂は消滅し、転生もできなくなる。いつかまた、あなたの最愛の人と巡りあうために、生き続けるんだ」
バサリと、翼が羽ばたいた。
六枚の翼が、風をきる。
白い花の雨が、ティエリアを包み込む。
六枚の翼をもつ天使は、ティエリアに手を差し伸べて、虚空に掻き消えた。
そして、白い花の雨も止んだ。

まるで、全てが夢か幻のようであった。
涙はまだ止まらない。
だが、確かにこの三日間は幸福であった。誰よりも幸福であった。
ティエリアは、無性の天使ようのな格好で白いケープを風に翻した。
そして、立ち上がる。
ロックオンの墓の前には、ティエリアが捧げた白い薔薇がまだしおれることなく咲いていた。

ピロリロ〜。
ティエリアの携帯が鳴った。
取り出すと、ライルからのメールだった。
(やっぱ、心配できちまった。わりぃ。今、実家にいる。兄貴ときたことがあるっていうから、知ってるよな?来てくれないか。顔が見たい)
(やり直す気はありません。それでも、いいと?)
(ああ、構わない。俺も、もう彼女との結婚式の日取りがきまった。ティエリアにも出席してほしい)

ティエリアは、停めてあった車に乗り込み、運転した。
免許はもっていなかったが、別に構わないだろう。
運転の仕方は知っていた。

やがて、ロックオンの実家にやってきた。
ライルが、庭に立っていた。
「久しぶりですね」
「ああ、そうだな。泣いてたのか?目が真っ赤だ」
ライルの声、姿、顔に、ティエリアはまた泣きだした。
「おい、どうしたんだ?」
「禁忌をおかしたんです。奇跡を、くれました。天使が」
「はぁ?」
意味がわからないとばかりに、ライルがまぬけな声を出した。
注がれるエメラルドの眼差しは、こうしてみてみると、双子なのにロックオンとは全く違う。
「いつか、再び巡りあうんです。永遠の別れじゃないって、ロックオンが」
「意味わかんねー。って、凄い熱じゃねーか」
ティエリアは、くず折れた。
意識を失ってしまった体を、ライルは抱きかかえる。
「ん・・・・アレキサンドライトか?こんな高価なの、ティエリアは好まないのに。どうしたんだろうな」
指にはめられたまたの、二人だけの結婚式の時に使ったアレキサンドライトの指輪が、キラリと太陽の光を浴びて色を変えた。

いつか、再び。
もう一度、巡り合おう。
それがどんなに遥かなる未来であるのかは分からない。
だが、再び巡り合おう。
永遠の別れじゃない。
きっと、きっと。



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