高熱にうなされていたティエリアを、ライルが看病した。 実家は、ティエリアが使っていたのか、人が生活した形跡があった。 ティエリアは、熱にうなされながら、うわごとのように「ロックオン」「ロックオン」と繰り返した。 できることなら、ティエリアとやり直したかった。 ティエリアは一人で生きていけるといった。 だが、一人で生きるにはあまりにも弱すぎる。 ティエリアと付き合っていた頃は、それなりに楽しかった。幸せでもあった。 だが、ティエリアは幸せにはなれなかった。ティエリアを幸せにしたかったライルにとっては、ティエリアを幸せにすることが最大の難関であった。 ティエリアは、兄のニールを愛し続けている。 肌を合わせることもあったが、体のつながりをもつことは結局なかった。 ライルは、自分にニールを重ねてもいいとティエリアに説いていた。 実際に、ティエリアがライルの中にニールを重ねたこともあった。だが、ティエリアにとって、ライルにニールを重ねるのは二人を冒涜する行為であった。 それ故に、ティエリアはライルにニールを重ねてしまうことがあると、泣いて謝った。 結局、兄のニールからティエリアを奪うことはできなかった。 この無性の天使は、ひたむきなまでに兄のニールを愛し続けていた。 それにライルは怒るわけでもなく、そのままティエリアを受け入れた。兄のニールを愛しているティエリアを愛していた。だが、ティエリアはライルを傷つけていると気づいていた。ティエリアも傷ついていた。お互いに、傷つけあいながら恋愛をしていた。 刹那のように、擬似恋愛ではライルは我慢できなかった。 ティエリアを愛し、ティエリアに愛されたかった。 ティエリアは誰も愛さないと誓っていた。 だが、確かにどこかにでライルはティエリアに愛されていた。 そうでなければ、本当にただお互いを傷つけあうだけの恋愛ごっこだ。 「ん・・・・」 ティエリアが目を覚ます。 「ああ、ロックオン。また、いつか会いましょう」 そういって、ティエリアはまた眠りについた。 一体、ティエリアの身に何が起こったのだろうか。ライルには分からなかった。 ティエリアは、そのまま二日間も眠り続けた。 まるで、目覚めることを拒否するかのように。 ライルは辛抱強くまった。ティエリアが目覚めるのを。 目覚めたとき、ティエリアはライルの姿を見て、ロックオンとは言わなかった。 ちゃんと、「ライル」と口にした。 それが、ライルには嬉しかった。 彼女と結婚式の日取りが決まったなんて嘘だった。彼女とは、少し前に別れた。婚約も破棄した。一方的に別れを告げるライルに、彼女はなぜだと泣いて質問した。ライルの答えは簡単だった。「今でも、愛しているひとがいるから」 スイスの家を売り払い、イギリスに移った。 そこで、また一人の生活を始めた。 だが、どうしても忘れることができないのだ。まだ、未練がましく愛しているのだ。ティエリアから別れを告げられたとき、本当に終わったと思った。 二人は互いに不幸になり、破局は破滅を意味した。 ライルはティエリアを愛し、ティエリアはニールを愛している。不幸な結果しか生み出さないと、初めからわかっていた。それでも、付き合いだした。 やり直せるかどうかは分からない。 ただ、今はティエリアの傍にいたかった。 熱もひき、体調が戻ったティエリアに、ライルはどこまでも優しく接した。 そのエメラルドの瞳は、ロックオンのエメラルドの瞳に似ているが、輝き方がどこか違う。 優しいライルに、ティエリアは薄々気づいていた。 アレルヤとマリーの結婚式の時には指にはめられていた婚約指輪が、なくなっていた。 何故かとは問わない。 ディランディ兄弟の実家で、二人で暮らし初めてもう一週間が過ぎていた。 ライルにはイギリスの家があったが、ティエリアには還るべき家はなかった。もともと宇宙出身で、宇宙育ちであるティエリアに家と呼べるものは、思いつく限りではトレミーしかなかった。 トレミーで暮らすことはもうできない。 どこかの国で、家を借りるか買うかして、ハウスキーパーを雇って暮らす道もあったが、ティエリアにはロックオンが成し遂げれなかったことを成し遂げたという目標が終わり、生きる意味がなくなっていた。 本当なら、もう死んでいてもおかしくはなかった。 一人になって、また昔のようにロックオンがいないせいで恐慌状態に陥り、パニックになった。 精神的に未熟な部分がもろに表に現れて、ティエリアは食べることを止めた。 幸いにも、掃除にきたボーイがティエリアの状態に危機感を抱き、病院に運ばれて一命はとりとめた。 そんなことを知っているのは、刹那だけだった。 だから、刹那は籍をいれて家族になり、一緒に暮らそうと言ってきたのだ。 刹那にとって、ティエリアは大切な友人であり、また擬似的な恋人であった。 刹那から連絡が伝わり、ライルもティエリアの現状を知った。そして、婚約までした恋人と別れを告げた。 決意の日は、ある日訪れた。 散歩から帰ってきたティエリアに、真剣な表情でライルがソファに座るように薦めた。 「どうかしましたか?」 ティエリアから、以前のように危なっかしい雰囲気がなくなっていた。 それが何故なのか、これもライルには分からなかった。 メールでやりとりしていた数日間で、何か革命的ともいえる出来事がティエリアに起こったようであった。ティエリアの未来を見つめることもない冷めた瞳が、生きる意志で強く光を放っていた。 とりあえず、ソファに座ったティエリアを確認して、言葉に出すときめていた言葉を形にする。 「なぁ。やり直さないか、俺たち。もう一度、ゼロからスタートしよう」 拒否されると分かっていた。 だが、意外にもティエリアの言葉はこうだった。 「ゼロからスタートできるのであれば、やり直しましょう。ずっと、誰も愛さないとばかり言ってすみません。ライル、僕はニールのことも愛しているけれど、ライル、あなたのことも愛しています」 思いがけない言葉だった。 「婚約者と別れたんでしょう?」 ティエリアの言葉に、ギクリとライルが固まる。 「本当に、バカな人ですね。僕なんかのために、人生を棒にふってしまうなんて」 ティエリアは、泣きながら笑った。 ライルが、そんなティエリアを抱きしめる。 「愛してるんだ。どうしようもないくらい、お前を。愛してる」 「僕の愛は、終わったわけではありません。ニールを愛し続けています。それでも、ライル、あなたを愛しています。僕は欲張りです。そんな僕でも、あなたは構わないと?」 「構わない」 「あなたも、不器用な人ですね。婚約者の方、とても魅力的な女性だったのに」 「ティエリアよりも魅力的な人間なんていない」 口付けされる。ティエリアは抵抗しなかった。 石榴の瞳は、とても穏やかだった。 二人は、静かにアイルランドで暮らしはじめた。 やがて、ライルの親戚が遊びにやってきた。 親戚といっても、テロで両親も妹もなくし、戦争で双子の兄のニールを亡くしてしまったライルには、遠い親戚にあたる存在で、血の繋がりは薄かった。それでも、実家に戻って恋人と暮らし始めたライルを祝福するかのように、親戚はやってきた。両親の他に7歳と10歳の子供が一緒だった。 10歳の子供の方は、交通事故に会い、医師から脳死を言い渡された。 それを、奇跡的に克服し、回復した10歳の子供は、7歳の弟と一緒にティエリアに面倒を見てもらっていた。 両親は、買い物に出かけている。子供たちも、夜になれば家に戻るだろう。親戚の家とライルに実家は町一つ離れているだけで、そう遠くもなかった。 「あーん、お兄ちゃんがいじめる。お姉ちゃん、助けて」 泣き真似をする7歳の弟のほうが、こっそりとティエリアに耳打ちした。 「お兄ちゃん、お姉ちゃんのことが好きなんだよ。交通事故にあってから、がらりと性格がかわちゃったんだ。お医者さんは、脳の後遺症っていってた。どういう意味かわかんない」 7歳の子供には、脳死からの回復や、脳の後遺症、障害などはまだ分からないだろう。 10歳の兄が、弟を探しにティエリアのところにやってきた。 弟は素早い速度で逃げてしまった。 10歳の子供は、ティエリアの元にやってくるときょろきょろとあたりを見回し、ライルがいないのを確認すると、ティエリアに抱きついた。 ティエリアは、相手が子供だけに、邪険にできずにどうしようか迷っている。 「そのガーネットのチョーカー、まだしていてくれたんだな。似合ってる」 NEXT |