世界に満ちる因子の一つ。 エーテルに包まれた宇宙。粒子の光を舞い散らせながら、エーテルに包まれて彼は堕ちていく。 聖棺(アーク)はいつでも蓋をあけている。 物質世界と精神世界の境目。そこにあるのは生と死。 魂はエーテルの力を帯びて精神世界へと戻っていく。 母なる大地に還るように、あるいは母の胎内に戻るように。 神々が作り出せしエーテルの塊、それが宇宙。そこに作りだせし生命たちは、皆いずれ天の主の御許に戻っていく。 廻る廻る、命の世界。輪廻転生と人は呼ぶ。 ヘブンもヘルファイアにいくのも、一度は天の主の御許に戻ってから。 エデンに留まるものだっている。 嗚呼、願わくが彼がエデンに留まりそして今一度、命の世界の廻る廻る輪の中に戻ることを。 聖棺の中で、それまで眠っていよう。 今一度この世界で再びその魂と巡りあうために。 ********************************** ニール・ディランディ16歳。 幼さの残るあどけない顔立ちの少年。天使のように愛らしい。そう見たものに印象を与える。 彼は裏の稼業、暗殺を生業として生きている。 大きな場所には所属せず、単独で行動し、依頼を受けて人を殺す殺人者。 スナイパーとしての腕は超一流。 依頼は後を絶たない。 少年がこの厳しい世界で一人で生きていくために選んだ道。それは暗殺という、血塗られたもの。 ターゲットを殺すか殺さないかを決めるのはニールの自由。 犯罪者やテロリストを好んで、彼は殺した。 一般の市民は殺さない。それは、ささやかな、血に濡れた手のニールが決めた掟。 普通は子供などを入れない居酒屋で、ニールはビールを飲んでいた。 まだ未成年なのに、などと咎める者は誰もいない。彼を庇護する者も助ける者もいない。ただハイエナのように、金の匂いを嗅ぎつけて寄って来る腐った大人ばかり。 それがニールの生きる世界。 「はぁい、ロックオン。たくさん食べてね」 居酒屋に所属するホステスが、さらりとニールの顎を撫でてしなをつくって歩いていく。 ニールの通り名、ニール・ディランディの名を捨ててロックオン・ストラトスと名乗るようになってもう何年になるだろうか。 どこもかしこも腐ってやがる。 ニールは毒づいて、皿に盛られた夕食を椅子に座って一人で食べていく。 生きていくためには金が必要だ。そう、私立の寄宿学校に通い続けるライルに仕送りを送るためにも、普通の職業では足りない。だから裏の稼業に手を出した。 自分だって腐ってるじゃないか。 ニールは毒づくように、ビールの苦い味を噛み締める。 犯罪者やテロリストだけを殺すといっても、立派な殺人者。 政府の高官を殺す時だってある。 どこまでも腐った世の中に、ニールは腐敗していくのを感じていた。自分が腐っていく。どうせなら世界に一欠けらもないほど消えてしまえばいいのに。 嗚呼、この世界に神などいない。ニールはカトリック教徒。でも神様なんて信じない。 そんなものに縋ってもなんにもならないから。1ドルにだってなりはしない。 生きるためには金がいるんだ。だから腐っても足掻いて生きていく。それが彼の生き方。それが全て。 ふいに、老紳士がこちらによってきた。 「今度のターゲットは、テロリストだ。引き受けてくれるな?」 「報酬は?」 「すでに全額口座に支払っている。後日、お前のところにターゲットの詳しい情報をコンピュータデータで流す。暗号はいつも通り「聖棺の中で眠れ」だ」 「分かった」 ニールはチーズを噛んで飲み下す。 老紳士は、にやりと笑った。ニールにテロスリトだといえば、相手を必ず仕留めることを知っているからだ。 彼は、テロによって最愛の両親と妹、双子の弟のライル以外を失った。 家族をテロでなくしたことによる歪みは、少年をアサシンにした。歪んだ社会で生きていく少年も、歪んでいく。本来なら暖かな家庭に囲まれて、笑って、思春期を悩みながらもハイスクールに通い平凡な人生を歩んでいるはずなのに。 全てが変わったあの炎と轟音と瓦礫の山、滴る血の海、そして醜い肉塊が、ニールの目にいつでも焼きついて離れなかった。 あの日、ニールは死んだのだ。 そして、ロックオン・ストラトスが生まれた。 憎悪と復讐の申し子として。 今借りている、週払いのアパートでニール・・・いや、ロックオンはパスワードを入力する。 データとして彼だけに公開されたターゲットの詳細が書かれていた。 ソレスタルビーイングという今後活動が活発になるテロ組織に所属する少年を暗殺せよ。それが命令の内容だった。 「CBか」 風の噂だが聞いたことがある。 たくさんの科学者を抱える、テロ予備軍。 すでにCBでも暗殺が行われている。どれも武装組織のTOPを狙った暗殺ばかり。そのあまりの手際のよさから、すでにCBは恐れられている。 「データ・・・・A.D.2294?えらく古いな・・・・。今はA.D.2300。今から6年も前のデータか、何々」 データに書かれていた少年は、ロックオンとあまり年齢がかわらないように見えた。 「年齢不詳、国籍不明・・・・見た目からして白人だろうけど」 やっと隠し撮りに成功したというような写真。 全体像はない。ただ、居酒屋のホステスなんて塵だと思わせるほどに美しかった。 「女の子?」 見た限りでは、女の子に見えた。 神の寵児のように美しい、少女。それがロックオンがかんじた、ターゲットの第一印象だった。 「CB所属、本名、あだ名も不祥・・・・6年前ってことは、10歳かそこらで暗殺者に?ありえねぇ」 この醜くも歪んだ世界では、10歳であれ仕込めば一流の殺人者にしたてあげられる。もっとも、使い捨てが前提だが。子供ならば大人も油断するのは古来から変わらない。 ロックオンだって、姿を晒してしまったとき、相手が油断するのを知っている。 だからあえて髪を伸ばして、濃い茶色の癖のある髪は背中くらいまである。少女に間違えれることだって多い。 男性としての二次成長が遅れているロックオンは、男というよりも、まだ少女か少年か分からない境にいるぎりぎりの年頃だった。 今回依頼してきた老紳士はマフィアのボスだ。 この暗殺者に狙われているのだろう。身辺を固めても、スナイパーは何処から命を狙ってくるか分からない。 どのみち、あのマフィアのボスは殺せない。ロックオンを暗殺者に仕立て上げ、依頼がくればロックオンに流すようにした、歪んだ世界での恩人なのだ。ただの老紳士のように優しい。 マフィアであろうが、家族であればと思わせるような人物だった。部下にもたくさん慕われているし、自分のテリトリーで虐殺行為は行わない、ファミリーにしては穏かなマフィアのボスだった。 「あのボス殺されちゃ、あとあと面倒だしな」 ロックオンは、ボスのことが好きだった。普通のおじいさんのように人がよいから。たとえそれがてなづけるために作られた偽りであったとしても、恩人には変わりないのだ。 ロックオンは射撃用の銃を取り出して、照準をコンピューターにうつった少女に見える少年に定める。 「BANG!」 ロックオンは笑う。 ロックオンは、立派な死神だった。 NEXT |