僕は壊れている「僕は壊れていく」







僕は壊れている。
ヴェーダとアクセスできなくなったティエリアは、不安定になっていた。
僕は、欠陥品だ。
ヴェーダとアクセスできないなんて、僕の存在理由がない。
ヴェーダはティエリアにとって存在理由の全てだった。
ヴェーダに見捨てられた。
僕は壊れた人形だ。

だって、だって、だって。
僕は、俺は、私は。
しょせん、人工的な生命体なんだから。


ドクターモレノの診察室で、ティエリアはモレノと言い争いをしていた。
むしろ、静かなモレノに一方的にティエリアがわめきちらしている格好になるが。
「男性ホルモン治療は体調を崩すからティエリアには向いていない」
「でも、このままでは、僕は女性化が進んでしまいます!」
「女性化が進むといっても、胸だけだろう。それくらい、我慢しなさい」
「僕は無性の中性体です!それに、僕は男性でありたい」
「ロックオンと付き合ってるんだろう?なら、今のままでいいじゃないか。無理する必要はない」
「今度、精密な身体検査をしてください。最近、調子が悪いんです。多分、女性ホルモンが多く出すぎている。
それが何故なのか分かりません。原因を突き止めたいんです」
「あー、わかった。ティエリア、もっと自分をしっかし見つめて、ロックオンと相談しなさい」
めんどくさそうに、ドクターモレノは頭をがしがしかいた後、室内でもつけたままのサングラスをかけなおした。

医務室を出ると、そこでロックオンが待っていた。
会話を全て聞かれてしまったらしい。
「ティエリア、男性ホルモン治療を受けるのはやめとけ。体調を悪くするだけじゃないか」
ティエリアは、決意したように顔を上げた。
「胸を、手術で切除しようと思っているんです」
それにロックオンがはじめて怒りの火を噴いた。
「だめだ、ティエリア!!」
強く怒鳴られて、ティエリアの体がすくんだ。
「ロックオン?」
怒られる理由がいまいち分からない。
胸があるほうが、やっぱりロックオンには好ましいのだろうか?
「僕に胸があったほうが、やっぱりロックオンは好きですか?」
「そういう問題じゃないだろう!自分の体を切り刻むみたいな真似はやめろ!」
ロックオンは、ティエリアが自分の体をまるで自分のものじゃないみたいに存外に扱うのが理解できなかった。
いくら人工的に生み出された存在であるとはいえ、自分の体にもっと執着心をもち、大切にしてもいいだろうに。決してばちは当たらない。むしろ、人間はそうやって生きている。自分の体を大切にして。無論、論外もいるが、ティエリアが自分から体にメスを入れるような行為を想像しただけで悪寒がした。
ティエリアは、ティエリアだ。
たとえどんな姿になろうとも、ティエリアだ。
怪我をして体にメスを入れるのなら仕方ない。生まれ持った体に意味もなくメスを入れる行為は、ロックオンは大嫌いだった。
整形手術とかも嫌いだ。

ティエリアは、今のままで十分美しい。
女性化して胸が男性のように平らではなく、僅かに膨らんでしまったとはいえ、それさえもロックオンにとっては愛しいのだ。
女性化させてしまった原因は、ロックオンにある。
無性の体は、最初であったときは完全に無性で胸も平らだった。腰は細かったが、女性のようにくびれてはいなかった。
骨格はもともと華奢で、男性の骨格ではなく女性の骨格を基盤としていた。
だが、その体に女性のようなふくよかさもやわらかさもない。
だからといって、男性のように筋肉のついた硬さもない。
男性でも、女性でもない。
それがティエリアだった。
ティエリアは、人間であるロックオンに恋をした。そのせいで、無性であるはずの体にも変化が訪れた。
環境に適応するように、女性化がはじまったのである。
それを、ティエリアは最初恐怖と共に受け入れることができなかった。男性であるはずなのに、細い腰はくびれ、女性のように平らであったはずの胸が僅かに膨らんでしまった。
女性からみれば、まさにツルペタというかんじであろうが、それでも胸が平らでないことには変わりない。
ロックオンは、そんなティエリアの体の変化ごと、包み込んだ。
あなたのせいだと詰ると、責任をとって結婚するとまで言われた。

「僕は男です!」
ティエリアが、ロックオンの手を払って宙を蹴った。
ヴェーダとアクセスできなくなったティエリアは、半ば自暴自棄になっている。
茫然自失になったかと思うと、次は自暴自棄になった。
生きている意味を探すかのように、ロックオンにしがみついてくるかと思えば、一人にしてくれと叫んで、今はもうヴェーダとアクセスのできなくなったシステムルームに閉じこもった。
「待てよ、ティエリア!」
ロックオンはめげない。
愛しい存在が、自分から逃げていくなんて許さない。
決して、手放さない。

ティエリアに追いつくと、ロックオンはティエリアの手を掴んで、乱暴に壁際に寄せた。
「離してください」
「絶対に離さない」
激しい口付けがティエリアを襲う。
混乱しかけていたティエリアは、ロックオンの温もりで大人しくなった。
「僕は、男です。でも、でも、あなたを愛しています」
「俺も男だ。でも、ティエリアを愛している」
ロックオンは、ティエリアは無性の中性体だろうといわない。
ティエリアが男性でありたいのなら、その意思を尊重する。
「いっそのこと、体の機能も全て完全な男性だったなら、ロックオンを愛することもなかったのに。苦しいです」
「俺は、きっとティエリアが完全な男でもティエリアを好きになって愛していた」
「ロックオン」
エメラルドの瞳は強い意志の光を放っている。
「僕は壊れている。ロックオン、そんな僕でもあなたは愛してくれますか?」
「ティエリアは壊れてなんかいない。ティエリアを愛している」

「胸の切除の件だが・・・」
「はい。止めます。あなたが嫌がるなら、止めます」
「そうか、いい子だ」
頭を優しく撫でられた。
胸の切除だって、強く望んだわけでもない。
邪魔と思ったこともあまりない。ベストを着ていればいいだけなのだし、女性のように豊かでない胸は、押しつぶすような形になってもそれほど苦しくはなかった。

落ち着いたティエリアと一緒に、ロックオンの部屋に向かう。
そして、二人はお互いを抱き合うような形で眠った。
ティエリアが男性としてありたいと望むのであれば、肌を重ねることもなくてもいい。キスさえなくてもいい。傍にいられれば、それでいい。
ロックオンの愛は全てを包み込む。
無垢なティエリアは、ロックオンによって快楽というものを教え込まされた。
だが、自ら快楽を求めてくることはほとんどない。性欲というものが皆無なのだ。愛しい相手であっても、それはあまり変わらなかった。
そういうった点においては、男性より女性に近いのかもしれない。

「ロックオン」
毛布の中で丸まりならが、ティエリアが目を開ける。
愛しい人は、眠りについている。
自分の傍に、暖かな温もりがあることを確認して、ティエリアはまた眠りについた。


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