血と聖水Z「タイムゼロ」







生まれた時に覚えているのは、霊子学に手を出した禁断の科学者たちの声と支配する声。
支配。それが上書きのない絶対の主。
ヴァンパイアの違うマスターを持つこととは関係なしに、絶対服従の関係にあった支配。

冷たい手をずっと見ていたのを覚えている。
彼女の名前はティエルマリア。
人間世界の30%に及ぶ領土を持つ王国ティエル王国の女王。
ただ一人の女王。
彼女は、人間世界の最大の敵であるヴァンパイアを人間世界から抹消するためにその人生を費やした。
ティエル王国は、ブラッド帝国と同盟を結んでいた。
国としての存在、政治とヴァンパイア駆逐は別。
当時のブラッド帝国の皇帝イブラヒム三世は、かの女王ティエルマリアと会ったとき、こう言った。
「イノベイターという新しいヴァンパイアを作った偉大なる女王」と。
イノベイターは人工ヴァンパイアとして生まれ、教育をうけてヴァンパイアハンターとなる。
ブラッド帝国から逃げ出して人間社会で殺戮を繰り返すヴァンパイアを殺すために生まれた、のだとされている。裏のハンター協会所属のエターナルの貴族たちが、ブラッド帝国からかってに逃げ出し、人間世界で殺しをする者を駆逐していたが、密航者は多い。

人間社会にいるヴァンパイアの全ては、もともとブラッド帝国の民であった。血族にされた者以外やヴァンパイア同士から生れてきた者以外は・・・・全て、もともと人間社会に移住して「国」を建設しようと渡航してきたヴァンパイアたちである。
ブラッド帝国はその土地をかつて血の神々によって守られた場所で、その国にいればどんなに低脳なヴァンパイアでも狂うことはない。
だが、神々の庇護がない人間社会に出ると、貴族、皇族、皇帝以外はただのヴァンパイアになる、とされている。実際は普通の民もエターナルのままであることもあるが、翼の色が普通のヴァンパイアである真紅に変わってしまうため、特に平民にその傾向が多いので、貴族、皇族、皇帝以外はヴァンパイアにおちるというのが一般的な考え方であった。
ヴァンパイアの国はブラッド帝国のみ。
人間国家にヴァンパイアの国は存在しない。共存地区はあっても、ヴァンパイアの国は遙か離れたブラッド帝国唯一つ。
同じように、ティエル王国も人間国家にただひとつ。他の国々が、自国にヴァンパイアとの共存地区を設けているのに、決して共存を図ろうとしない・・・・ヴァンパイアハンターが多い国。それがティエル王国。
だが、なぜその国が最大の敵国家であるブラッド帝国とずっと同盟を続けているかは謎である。

ティエルマリアは、禁じられた霊子学に手を出して、イノベイターを作り上げた。
自分の霊子をイノベイターに与えて。生まれてきたイノベイターはティエルマリアには絶対に逆らわない。遺伝子をこえた霊子学LVで支配されているからである。
ティエルマリアが最後に作り出したイノベイターの名前は、ティエリア・アーデ。
ティエリアはティエルマリアをママと呼び、どんなに冷たい態度をとられても母として慕っていた。
そして態度には出さないものの、ティエルマリアも生み出したイノベイターたちを愛していた。だが、使い物にならないイノベイターはいらないと、科学者たちに勝手に判断させて処分させていた。
そのどこに愛があるか。それはティエルマリアしか知らない。
リジェネと刹那もティエリアと同時期に生まれたが、最後のこの世界でイノベイターとして生を受けたのはティエリア。
ティエルマリアが、ただ一人愛した死んだ息子の残された霊子エナジーを与えて、人間の感情を与えられたティエリアは当時、リジェネや刹那に比べると能力が低すぎて、処分にかけられそうになった。
それを守ったのはリジェネと刹那である。
だが、そこに霊子学LVでの支配、ティエリアを守れという支配があったのは、二人も知らない。ティエリアも知らない。

そして、32歳という若さで、女王ティエルマリアは崩御する。霊子エナジーを与えすぎたのだ・・・・霊子エナジーとは魂の生命力。
かつて、この世界は霊子学文明で栄え、一度滅びた。神の禁断に手を出した女王は神の断罪を受けた。

ティエリアが、ロックオンの血族として迎えられたのが今から11年前。その2年後。
閉ざされていたはずの霊子学研究設備の地下で、数人の科学者たちが新しい命を生み出した。
イノベイターと人間をかけあわせた、人工生命体。
女王ティエルマリアの死体は防腐処理を施されて墓で静かに眠っている。その体から取り出した、胎児・・・・それを基礎としてつくられた、ティエルマリアの子。
ティエルマリアの遺体から抽出した、僅かな霊子エナジーを機械を使って増幅さえ、与えた命。
名前は、ティエルマリアの第一子、亡くなった王太子であった子と同じ名前。

「ティエル・ティエリア」

イノベイターと人間のハーフとして生まれた、ティエルマリアの子はティエリマリアの死後に生まれた。
ティエルマリアの死後、王位を継いだティエルマリアの妹ティエルフィーナは政治を放置して国は弱体化していった。その後、すぐに王位を継いだ者はティエルフィーナの夫、ティエル・マザファナ。彼は、弱体化していった国を統治したが、女に溺れて、国は乱れた。
ティエルマリアのように素晴らしい王を、民は望む。
民は、ティエルマリアの子が生きているというティエルマリアの話をずっと信じていた。反乱がおき、ティエル・マザファナは王からその座を引きずり降ろされた。
そして、ティエル・ティエリアは若干9歳にして王となった。
名をティエルマリア二世と改めて、女王は誕生した。幼い女王は、素晴らしい才能をもち、乱れた国を統治していった。そう、かの母親であるティエルマリアのように、素晴らしい王として。

そのティエルマリア二世が、19歳で病に倒れた。まだ世継ぎはいなかった。
ティエル王国は、ティエルマリア二世の言葉により、新しい王を迎える準備をする。
新しい王の名は、ティエリア・アーデ。ティエルマリア二世のように、ティエルマリアの子を基礎として作られたイノベイターの、ヴァンパイアハンターである。今もティエルマリアの言葉を守り、ヴァンパイアハンターを続けているという。
ティエルマリアの子。
ティエルマリアは、何を思ってティエリアに泣き王太子の名をつけたのか。



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