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天宮で、東の王に与えられた部屋の数々の一つの寝室で、刹那はベッドの上で眠るティエリアをじっと見つめていた。
美しい王だと思う。時に気性が激しくはなるが、いつもは穏かで笑顔だって浮かべる王だ。他の王たちの中で、唯一性別が女性に分化しかけている中性の姫王。
家臣や女官たちは皆、ティエリアを姫王として女性として扱っている。
刹那の存在が、女性よりではあっても完全な中性であったティエリアに、女性への分化を促しているようであると、医者の診立てであった。
ティエリアは、女性に分化すること嫌がっているわけでもない。
王に男も女もない。
王は王だ。王者たる地位は、誰にも脅かされるものではない。それは、他の王であっても同じこと。
できることなら、ティエリアを后にしたいが、西の王にもう血族はいない。
それに、東の他の王族たちが、黒い翼の后など許さないだろう。もっとも、王であるのは刹那だ。
王が后に迎えると断言すれば、他の王族たちは反対せども阻止することはできないだろうが。
ティエリアは、妃などの器ではない。無論、側室などもってのほか。
ティエリアは、誰よりも王らしい王の器を持っている。
民を気遣い、傾きかけていた西に王族の地位を強固なものにし、財政をたてなおし、腐っていた官僚たちを追放し、貴族にも税をおさめることを強制し、その税で貧民と奴隷たちを救っている。
西の国では新しく生まれた黒い翼の者が奴隷となることを完全に禁止しており、奴隷の者たちにも義務教育を受けさせている。
将来、絶対に奴隷を完全に解放するとすでに宣言している。
戦闘奴隷をまずは、解放した。
主人に迫害されている奴隷たちを救い、奴隷ではないただの民、平民として貴族たちから没収したり、王家の領地を明け渡して黒の翼の民たちに住まわせ、自分たちで衣食住を主なしでも、平民として生きていけるように教育を施し、資金を投資し・・・率先しているのは元戦闘奴隷たちで、他の解放された奴隷を貴族や上流階級の市民からの迫害から守り・・・・。
西の国では、ティエリアはメシアのルシフェルとして有名であった。
天王に、西の王として召されることが決まった時、民たちはティエリアを守り、匿い、反乱を天王に起こそうとしたくらいだ。
ティエリアは西の王として、天王の元で一年の数ヶ月を共に過ごすことが決まっていた。
あくまで王といっても、奴隷王なのでティエリアは西の王でありながら、天王や他の東南北の王に迫害されるのではないか・・・そう恐れた民たちが、ティエリアを匿った。
王は王であるが、黒い翼の王など王ではない。
そういう世界なのだ、この天界は。
天王が西の王を、天王として奴隷から解放し、西の王として正式に認めるという条件で、民たちはティエリアを天王の下に行くことに同意した。
それまで、ティエリアは西の国だけで王として認められており、他の王から王として認められていなかった。
民からこれほど信頼され、好かれている王は他にいない。
刹那も東の王として名高いが、ティエリアほど民に絶大な信頼を得てはいなかった。
もっとも、その分ティエリアは貴族や上流階級市民から憎しみをかい、暗殺されかけることもあったが、周囲を元戦闘奴隷たちが警護しており、ティエリアの安全は守られていた。
ティエリアは、王女であった時代に先代天王の命令により戦闘奴隷として、悪魔たちとの戦争に投入された経験をもつ。ティエリア自身も、暗殺者など返り討ちにする強い王である。
「・・・・・ん。ここは?刹那?」
「もう少し眠っていろ。この天宮は、お前にとって居心地が悪いだろう。西の国のように空気が澄んでいない。地下に歴代の悪魔王たちの墓があるからな・・・・。瘴気で濁っている、ここの空気は。体は平気か?」
「ああ。戦闘奴隷をしていた頃に、瘴気にあてられても大丈夫なように訓練された。刹那、僕は戦闘奴隷をしていなければ、東の王の子であった君と出会えなかった。東の王の子としての悪魔戦争への参加の護衛を引き受けれたのも、出会えたのも全部この黒い翼のお陰だ。僕は自分の翼が黒かったことに感謝している。黒い翼は嫌いではない」
「ティエリアの黒い翼は、誰の純白の翼より、たとえ天王の金の翼よりも綺麗だよ」
刹那を包み込むように、12枚の長い翼が二人を覆う。
ティエリアの黒い翼の天蓋の下で、二人は唇を重ねる。
天使たちの翼は物質化もするし、半透明になってエーテル存在になることもできる。
服をきるのだって、私生活の邪魔にもならないように縮小可能だ。ただ、消すことはできない。
消すことができれば、黒い翼など隠すことができる。奴隷だって、この世界に生れてこなかっただろうに。
「西の王として誓う。僕は、東の王刹那を守る」
「ならば、東の王として俺は誓う。西の王のティエリアを守る」
「ねぇ。天使の鎖、見える?」
「見える」
天使の鎖とは、天使が生まれた時に神の子であるという証明に右足につけられたエーテルの鎖。
本来なら、世界に生を受けて数ヶ月で消えてしまう。
だが、ティエリアの右足には鎖があった。綺麗な金銀で織られた、神の子であるという証。
「僕も、神の子なんだ。たとえ、翼が黒くても」
「ああ。お前は立派な天使だ。こんな綺麗な天使の鎖は見たことがない。消えない天使の鎖を持つ者は「ミカエル」「ラファエル」「ウリエル」「ジブリール」とかの「ルシフェル」のみ」
刹那は、ティエリアのベッドで一緒に横になると、二人で小さく笑顔をつくる。
東の王は笑顔を滅多に見せないことで有名である。西の王もまた、感情をコントールしているために滅多に笑顔を見せない。
二人は、二人だけの時綺麗な笑顔を浮かべる。
「リジェネ・・・・僕は、幸せだよ。君の分まで幸せになる。そして君が果たせなかった奴隷解放という夢を、絶対にかなえてみせる」
虚空に手を伸ばして、ティエリアは泣いた。
愛しい兄王であったリジェネ。
本来なら、リジェネが西の王として王の座についていた。
西の国にいるだけなら、今もティエリアの傍にいて微笑んでくれていただろうに。誰よりも愛しい、シンメトリーを描く双子の兄よ。
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