「マリナ・イスマイール。また眠れないのか」 トレミーの、深海を映す窓を見上げていたマリナに、刹那が声をかけた。 もう、就寝時間は過ぎてしまっている。 マリナは、アザディスタンのことを思って、なかなか眠りにつけない毎日を送っていた。 故国は今、どうなっているのだろうか。 深海を進むトレミーでは、時間だけが過ぎていった。 刹那とマリナは、しばらくの間他愛もない会話をしていた。 それに、マリナが笑顔を浮かべる。刹那も笑った。 「一度、バーチャル装置に入ってみるか?花畑を見ることもできるぞ。音も色も匂いも感じる」 「すごいわ。お花、そういえば最近全然見てないから。よければ、今度一緒にそのバーチャル装置っていうのに入ってくれるかしら?」 「ああ、一人で仮想空間に降りるのは心細いだろう。一緒に降りよう」 会話を繰り返す二人のところに、ティエリアが現れて、刹那の肩に手を置いた。 「無理をするな、刹那。熱が下がったとはいえ、まだ寝ているべきだ。勝手に部屋をぬけだすな」 刹那は、珍しく風邪をひいて熱を出していた。 そのせいで、ここ数日間マリナの前に現れなかったのだ。 マリナに風邪をうつしたくない。 ただその一心で。 会いたかったが、ただでさえ体の弱そうなマリナに風邪などうつしたくない。 刹那は、風邪で倒れるまで普通に戦闘訓練をしていた。熱があることはわかっていたが、それくらいでへこたれる刹那ではない。 いつ敵が襲撃してくるかも分からない中、イメージトレーニングができる装置に入り、バーチャル世界の中で、ガンダムに乗って、OOの機体で幾つものアロウズの機体を切り裂いた。 最初はティエリアも一人で、バーチャル装置に入り、仮想世界に降りて、セラヴィに乗ってハイパーバーストをうちながら、トレミーを守るイメージトレーニングをしていた。 装置と装置を接続することで、連結が可能となる。 刹那とティエリアは、同じ仮想世界に降り立った。そして、二人でガンダムを操ってトレミーを援護しながらアロウズの赤い機体を破壊していく。 「3機、4機、5機!」 仮想世界の中で、刹那がOOで敵を切り裂きながら、駆逐した機体の数を数える。 そのまま、次、次と数を数えながら、敵を切り裂いていく。 ティエリアからの通信が入る。 ハイパーバーストのチャージが完了したので、殲滅範囲内から離脱せよとの内容だった。 セラヴィのハイパーバーストが唸る。 眩しい粒子の光を放ち、まるで神の雷のように破壊の光がアロウズの機体を20機以上も飲み込んで破壊していく。 刹那のOOの機体も、光に包まれた。 全てを無に返す、破壊の閃光。 それに、刹那のOOの機体がのまれた。離脱することができず、そのまま刹那のOOの機体は大破した。 ティエリアが、セラヴィの機体から降りて、撤退していく敵影を睨みあげたあと、大破した刹那のOOの機体にかけよった。コックピットを乱暴にあけると、中にいた刹那は重症をおって、血にまみれていた。 それに、ティエリアが言葉をなくす。 仮想世界のなかで、バーチャルエンジェルとなったティエリアの姿が消えた。 「刹那・F・セイエイ!君らしくもないぞ、どうした!」 バーチャル装置から出て、味方の破壊光線に飲まれ、自滅してしまった形となったOOを仮想世界で操っていた刹那の、バーチャル装置の扉をあける。 中では、刹那が苦しそうに呻いていた。 「刹那!」 ティエリアが、すぐに刹那の異変を察知した。 汗を大量にかいていた。 ティエリアの手が、刹那の額にあてられる。 その高熱に、ティエリアが現実世界で言葉をなくした。 「・・・・君は、愚かだ!」 バーチャル装置から乱暴に、刹那の体を引き出すと、ティエリアは刹那の肩に腕を回すと、精一杯の力で立ち上がった。 刹那が、こんな状態になるまで自分を放置していたのは、刹那の責任だ。 だが、刹那は病気になったりすると、それを人に知られるのを極端に嫌う。同じく、傷をおっても自分で包帯を変えたりして、決して他人の世話になろうとしない。 ティエリアは、それを知っているから人を呼ばなかった。 「くそ、どうして俺はこんなに非力なんだ!」 刹那の体が重い。 刹那の体を背負うことさえできない。 ずるずると、引きずるような形で、ティエリアは精一杯の力を出して、刹那を医務室に運んだ。 待ち受けていたドクターが、すぐに診察を開始する。 ただの風邪と診断された。だが、高熱を出している。 そのまま医務室に寝かせてやりたかったが、刹那がもし目覚めた時、自分が医務室にいたことを知ったら自分を責めるだろう。 ティエリアは、ドクターの力を借りて、二人で刹那を刹那の自室に戻した。 そして、ドクターからもらった解熱剤を噛み砕き、水と一緒に刹那に口移しで飲ませた。 刹那の高熱は、解熱剤の効果がはやくでたのか、その日のうちには下がった。 だが、まだ熱をだして意識を回復しなかった。ティエリアは、つきっきりで看病した。 いつも、ティエリアが時折意識を飛ばしてしまったときは、刹那が介抱してくれた。ならば、刹那を看病するのは自分の役目だ。 刹那の汗をかいてベタついてしまった体を、濡れたタオルでふきとり清め、着替えさせた。 脱水症状を防ぐために、何度も口移しで水を飲ませた。 冷えピタシートをはって、刹那の熱が下がるのをじっと待った。 ティエリアは、食事もとらず、ひたすら刹那を看病した。眠る時だって、刹那のベッドの傍で眠った。 刹那は丸一日寝込み、アレルヤとライルが心配して覗きにきた。 看病を変わると言い出す二人に、ティエリアは決して譲ろうとはしなかった。 刹那は、いつもティエリアを庇い、匿い、世話をやき、錯乱状態に陥ると傍で落ち着くまでいてくれて、眠れないときは一緒に眠ってくれた。 刹那は、ティエリアにとって比翼の鳥の片割れだ。 刹那が目覚めた時見たものは、自分の手を握り締め、ベッドの傍で眠るティエリアの姿だった。 「ティエリア・アーデ」 優しく、刹那の手がティエリアの髪をすいた。 刹那の熱は完全に下がっていた。 自分がパジャマに着替えているのを確認し、刹那は愛しそうにティエリアを見た。 「ありがとう」 眠る、仮想世界ではバーチャルエンジェルと呼ぶに相応しいティエリアを優しく起こす。 ティエリアは、目覚めると、刹那の体に抱きついた。 「君は、愚かだ!もっと、自分の体を大切にしろ!見ている僕が苦しい」 「すまなかった。心配をかけた。もう、大丈夫だ」 ティエリアの手が伸びて、刹那の額の熱を確認する。平熱に下がっているを確認して、ティエリアは安堵した。 「念のために、薬を飲んでおけ」 「薬は嫌いだ」 刹那が眉をしかめる。 大人びた刹那であったが、そんなところは少年時代から変わっていない。 ティエリアが、薬を口にすると噛み砕いて、水と一緒に刹那に口移しで無理やり飲ませた。 刹那が、苦い味に眉をしかめ、近くにおいてあったペットボトルを手に水を飲む。 脱水症状は、ティエリアが何度も口移しで水を飲ませたことで完全に防げた。 刹那は、ペットボトルの水を口にすると、反対にティエリアに口移しで飲ませた。 「ふぁ・・・・」 飲みきれなかった水が、ティエリアの顎を伝う。 それを舐めとって、刹那は笑った。 「ニールのものでなかったら、俺のものにしていたのに」 「冗談はほどほどにしろ」 怒った様子もみせずに、ぐいと顎を拭う。 そのまま、刹那に唇を奪われた。 「・・・・・・っ」 舌を絡ませる。 ゾクリと肌があわ立つのを、ティエリアは他人事のように感じていた。 「病人のくせに、元気だな」 「ティエリアのお陰で、熱はもう下がった」 「まだ寝ていろ!」 起き上がろうとする刹那を、無理やりベッドの中に戻す。 「本当に、君はマリナ姫を愛しているのに、どうして僕にこんな真似をするんだ」 「好きだから」 刹那の目は真摯だった。 「僕は、弄ばれているわけか」 「俺がティエリアを選んだら、ティエリアは俺だけを見てくれるか?」 「無理だな。僕はニールしか愛さない」 「そう言うと思った」 刹那は、大人しくベッドに横になった。 それを確認して、ティエリアは刹那の唇に自分から唇を重ねた。 「愛してはいない。だけど、刹那がいないと僕は生きていけない。好きだ」 「俺も、好きだ。愛してはいない。おれは、マリナしか愛さない」 罪の、擬似恋愛。 比翼の鳥は、お互いなしでは生きられない。 ただの共存関係は、いつの間にか擬似恋愛になっていた。 「僕も、流石に疲れた。丸一日刹那が眠っていた時、食事もとっていなかった。何か食べてくる」 「そうしてこい。俺はもう大丈夫だ」 「いいか、刹那、ちゃんと休んでいろよ。勝手に出歩いたりしたら、バーチャル戦闘で、僕のセラヴィにやられて自滅したと言いふらすからな!」 「それは、恥ずかしすぎる」 「だったら、部屋を出ないことだ。食事はちゃんと運んでくる」 「了解した」 そのまま、ティエリアは食堂で遅い食事をとると、刹那の分の食事をトレイにのせて刹那の部屋に運んだ。 刹那は残さずたべた。 ドクターから処方された薬も、ぶつぶつ文句をいいながらもちゃんと飲んだ。 NEXT |