「刹那」 ロックもかかっていない部屋を開ける。 ベッドには、刹那の姿はなかった。 いくら熱がひいたとはいえ、まだ安静にしていなければいけないのに。 ティエリアは、すでに就寝時間であることも忘れ、刹那の姿を求めてトレミーを歩き回る。 そこで、マリナと楽しげに会話をしている刹那を見つける。 バーチャル装置を使って、マリナに花畑を見せてやるのだと、刹那は優しそうにマリナと会話をしていた。 ティエリアは、胸が苦しくなった。 何故だかは分からない。だが、マリナと刹那が一緒に楽しそうに過ごしているを見るのはあまり好きではなかった。 「刹那、就寝時間を過ぎている。勝手に部屋を抜け出すな。熱は下がったとはいえ、まだ安静にしているべきだ」 ティエリアの言葉に、マリナが驚いた。 「刹那、熱を出していたの?だめよ、大人しく寝ていなくちゃ」 「マリナのことが心配で、起きてきてしまった。ここ二日マリナに構ってやれなかったからな」 「そんな、私のことはいいわ!それよりも、体調を万全にすることを考えて!」 マリナに強くせがまれて、刹那も困った表情になった。 「分かった・・・・」 刹那が、マリナと唇を重ねた。 最初は驚いていたマリナであったが、眼を閉じて、刹那の背に手を回す。 「一人きりにしてしまって、すまなかった」 「いいの」 熱い抱擁。 なんだろう。 翼をもがれていくかんじがする。 ティエリアは、石榴の瞳で二人を見つめていた。 その視線に気づいて、マリナが紅くなって、大人しく自室に戻っていった。 「ティエリア、マリナにバーチャル装置で花畑を見せてやりたいんだ。バーチャル装置の使用権限は一切ティエリアにあったな。使用許可が欲しい」 「使用を、許可する」 「ありがとう、ティエリア」 「さぁ、君も・・・・」 そこで、ティエリアはまた眩暈に襲われた。 ふらついて、壁に手をあてる。 刹那は気づいていないようだった。 「刹那、はやく部屋に戻れ。僕は、バーチャル装置のシステムを変えておこう。戦闘用にしかなっていないから、花畑を見せるためには少しいじらなければ」 「手間をかける」 「誰でもない、刹那の頼みだ。喜んで引き受ける」 自室に戻っていく刹那と並んで歩く。 昔は、ティエリアより背が低かったのに、今では刹那のほうが背が上だ。 成長することも老いることもないティエリアには、刹那の存在は眩しかった。 愛しい人と愛しあう刹那。 祝福の言葉をかけるべきであろうか。 刹那の自室まできた。刹那は扉をあけると中に入る。 「では、また明日」 「また、明日。おやすみ」 ティエリアは、暗いトレミーの廊下を歩く。 暗闇の中でもものをみるために、金色に眼が光った。 そのままバーチャル装置のところまでくると、システムをいじる。 そして、ためしに仮想空間に降りた。 一面に広がる、色とりどりの花。蝶が舞い、さわやかな風が吹き抜ける。 泉のほとりの花畑にした。泉は綺麗に澄んだ水をたたえ、青空はどこまでも果てしなく広がっている。 花の甘い香りまでする。 さわさわと揺れる風にさらわれて、花びらが散っていく。 そうだな。相手は皇女だ。 離宮をイメージした建物を建てるか。 ティエリアは一度仮想空間から出ると、システムをいじった。 「ん・・・・ああ・・・・刹那の風邪がうつったか」 体温が、少し高い。 コントロールしようとしても、体温は下がらなかった。 時期に元に戻るだろうと、ティエリアはシステムをいじる。 そして泉のほとりにある花畑、少し遠くには城と城下町、蝶だけでなく、兎、狐、それに仮想上の生き物であるユニコーンが現れるようにいじる。花畑のむこうにはどこまでも広がる綺麗な森、花畑にはテーブルと二組の椅子、その上には菓子と最高級の紅茶。 これで、いいだろう。 ティエリアは、バーチャル装置に入って、仮想世界にダイブする。 自分が頭の中に思い描いたとおりの、浪漫あふれる綺麗な景色が広がっていた。 ユニコーコンがこちらにやってくる。 それを、ティエリアはなでる。 穢れを知らぬ乙女しかその背に乗せないユニコーンが、自分の背に乗れと頭の中に直接話しかけてきた。 ティエリアの服は、神話の天使のような衣装になっていた。あらかじめバーチャル装置に設定されていた年代や代物を、神話でいいかと選んだせいか。おまけに、ティエリアの髪は足元まで伸びている。本来ならストレートであるはずの髪が、緩やかなウェーブを描いていた。 泉をのぞきこむと、背には六枚の翼が生えており、自分の体を触ると大きめな胸があった。 「・・・・・・・設定を間違いすぎたか」 見た目も、17歳から23,4歳の乙女になっていた。 髪の色は、透き通るような銀色で、瞳の色も同じ銀色だった。 まぁ、こんな体験も、お姫さまなら喜ぶか? そう思って、ユニコーンの背に乗った。 そのまま、ユニコーンは花畑をかけぬける。花びらに包まれながら、ティエリアは白い天使の乙女となって、森の奥へと連れ込まれた。 森の奥深く、そこにも泉があった。 透明に透き通った精霊たちが見える。水の精霊ウンディーネだ。風に身を任せて楽しそうに踊るのは、風の精霊シルフ。 複数の男女が、泉のほとりで座り込んでいた。 耳が尖っており、華奢な体つきに美しいその姿は男女ともに同じような顔立ちをしていて、神が創った人形のように美麗だった。神話にも登場するエルフだろう。 エルフたちは、笑いながら精霊と語りあう。 ティエリアはユニコーンに連れられて、エルフの環の中心にやってきた。 「五百年に一度の、エルフ王の結婚式である。選ばれしは、ユニコーンに乗ることができた乙女なり」 「はぁ?」 我ながら間抜けな声をだした。 このバーチャル装置は、いろいろな体験ができ、また味や匂い、音などの五感を体験することができる。 痛みも体験できるが、実際に痛みを感じれば装置を使っている人間がショック死しかねないので、痛みは設定しないと感じることができなかった。 ティエリアは、痛みを感じることがきるように設定していつもバーチャル装置を使った。他のマイスターたちには設定させない。ティエリアが禁止しているからである。 人間は儚い。痛みという感覚だけで、本当にショック死してしまう。 また、このバーチャル装置は、脳波をキャッチすることで、本当に現実世界と変わらないような体験ができる。たとえば、思い浮かべたことがそのまま体験できる。 「エルフ王よ、白き乙女と誓いの契りを」 長寿を誇っていそうな、エルフの老人が杖をかざした。 泉にいたエルフたちがみな立ち上がり、恭しくエルフ王の登場に合わせてお辞儀をする。 「我が花嫁よ。名はなんという?」 エルフ王の顔は、逆光で見えなかった。 まぁ、たまにはこんな体験もいいか。ティエリアは思った。 バーチャル装置は、もともと戦闘訓練用につくられたものではない。こんな風に、人の夢をかなえるためにつくられたものなのだ。 「人に名を尋ねる時は、まずは自分から名乗るべきだ」 きっぱりと言い放った。 「なんと!エルフ王に向かって、なんという無礼なことをいう娘だ!やはり、ただの人間の娘をエルフ王の妻に迎えるなど反対である!」 ティエリアの背から、翼は消えていた。 エルフに長老が、顔を真っ赤にさせながら杖を翳す。 「このような人間の小娘と、我らのエルフ王が結婚するなど、ありえぬ!先ほどまで翼が生えていたので、我らと同じ長寿で高次元生命体であるセラフィム(有翼族)の乙女かと思ったが、作り物の翼ではないか!掻き消えるなど、何かの魔法を使ったのだな!このような魔法は見たことがない!卑しき魔女か!?」 なんだ、この世界は。 神話設定とは、こんな世界なのか。 ティエリアが選んだ神話設定は「エルフ王との永遠の愛」というものだった。 適当に選んだティエリアが知るはずもない。 NEXT |