「そういうな、長老よ。私はこの娘が気に入った。妻として迎える」 「なんと。エルフ王よ、どうぞ考え直してくだされ」 「我が命は絶対である。長老よ、それでも異論があると?」 「うぬぬ。分かり申した。この卑しき娘を、エルフ王の妻として迎えることを承諾しよう」 言われ放題だなぁ。 ぼけーっと、ティエリアは空を飛ぶシルフを眺めていた。 「おめでとう、白き乙女」 「おめでとう、清き乙女よ」 泉からは、ウンディーネが現れて、シルフと同じように祝福の言葉を口にする。 「白き乙女、運命の子よ!」 「白き乙女、どうか幸せに!」 「白き乙女に、幸があらんことを」 エルフの長老が、杖を翳した。 「何はともあれ、この娘は卑しき魔女かもしれぬ!まずは、身を清め、魔女であるかどうかを確かめてからでも遅くはない!」 それに、周囲にいたエルフたちが賛同の声をあげた。 「もしも魔女なら、破滅しかもたらさないわ!」 「伝承通りであれば、白き乙女は確かにセラフィムであるはず!翼はどこへいったのだ!」 「白き乙女は我らより美しいはず!この娘は、なぜに仮面をかぶっているのだ!」 仮面? ティエリアが顔に手をやると、そこには仮面がはりついていた。 しかも、とれない。 あーもー。 どうでもいい。 仮想空間から戻ろう。 アラームがなった。 「なんだ?」 ティエリアが驚く。 (この物語の途中での現実世界への帰還は、脳に障害をもたらす可能性があります) 「はぁ?くそ、このポンコツ装置め!」 (ポンコツいわれたー。物語のスキップ機能を追加します) 「白き乙女よ、どうか素顔を」 エルフ王の手が伸びて、いつの間にかユニコーンから下ろされる。 「む。呪いの仮面か。・・・あーめんどくせっ。じじい、普通に会話していいか?」 「エルフ王!威厳がああああ」 「そんなもん、俺にははなっからねぇよ」 (スキップ機能を実行しますか?呪いの仮面を外すために、エルフたちと魔女を倒し、そして呪いの仮面が外れた白き乙女はエルフ王と結婚し、幸せに暮らします。魔族との戦いにも白き乙女は参加し、そしてエルフ王は戦いに傷つき死にます。エルフ王を蘇らせるため、白き乙女は死者を蘇らせるという五つの虹色の真珠を探しに世界をまわり・・・・) 「あー、もうどうでもいいから、スキップスキップ。そんな長ったらしい物語の体験なんてしてられるか」 ぷんぷん怒って、ティエリアは仁王立ちになった。 エルフ王と呼ばれた男の顔を、その時はじめて見る。 「ロック・・・オン?」 「おや。お前さん、俺の名前知ってるのか」 (物語をスキップさせます) 「待った!」 だが、遅かった。 場面が変わる。 城の中だった。 「おー、魔女を倒したことで呪いの仮面が、今とれる」 顔に手をやると、カランという音と共に仮面が地面に落ちた。 「はっ、どうせ不細工に決まって・・・・」 エルフ王の側近の一人が、ティエリアの顔を見て固まった。 エルフたちの美しい顔にも負けない、いや、それ以上に美しい白皙の美貌。 神が創造した最高の美の化身。 「やっぱ、おまえさんは思ったとおりに美人だった」 エルフ王であるロックオンに抱き寄せられた。 バサリ。 背に、虹色に輝く六枚の翼が生える。 「おおお。魔女は、翼にものろいをかけていたのか!」 「白き乙女は、やはりセラフィムだった!」 「今すぐに結婚式だ!伝承の白き乙女と我らエルフ王に栄光あれ!」 ティエリアは思った。 幻でもいいから、このロックオンの傍にいたい。 たとえ、神話の世界でもいいから。 でも、できれば、現実世界がいい。 (マスターの脳波をキャッチしました。時代を、現実世界に戻します) 場面が変わる。 そこは、よく見慣れたロックオンの部屋だった。 エルフ王としてのごてごてした衣装も、尖った耳もない。 だが、ティエリアの姿は変わっていなかった。どうにも、主人公は変われないらしい。 「その格好も、すげー似合ってる。かわいい」 「ロックオン」 「翼、透き通ってるんだな。抱きしめられる」 狂おしいほどに胸にかき抱かれた。 「ロックオン、ロックオン、ロックオン」 狂ったオルゴールのように名前を呼び続ける。 「愛してるよ、ティエリア」 「僕も、あなただけを愛しています」 「白き乙女か。ティエリアは、元のほうが似合っている。俺だけの無性の天使」 唇が重なった。 その感触までリアルだった。 長い銀色の髪に口付けされる。 「胸大きいなぁ。でも、俺はどっちかっていうとツルペタのティエリアの方が」 「誰がツルペタですか!!」 「ははは、怒んなって。愛してるよ」 「愛しています。今も、ずっとあなただけを」 「俺も、お前だけを愛してる」 これは、バーチャル装置による仮想世界だ。 幻だ。 そんなことは分かっている。 「ずっと、僕といてください」 「ああ、ずっといるよ。傍にずっといる」 (物語のスキップ機能を追加します。蘇ったエルフ王は、愛の言葉を残して消えてしまいます。完全には蘇らなかった。それが、生きるものの理) 「そんな!!」 「俺、ティエリアに出会えて本当に良かった」 エメラルドの瞳が、寂しげに笑った。 透き通っていく体。 「死者を蘇らせるという五つの虹色の真珠の効果は、少しだけなんだ。ごめんな。俺は、また眠りにつかなくちゃならねぇ」 「嫌です!僕もつれていって!」 「愛してるよ。何万回でも囁く。愛してる。この宇宙で、この世界で、ティエリアに出会えたことが俺の全てだった。愛してる」 「僕だって、何万回でも叫びます!愛してます。だから、消えないでください」 「仮想世界のバーチャルエンジェル。俺だけのバーチャルエンジェル。愛してる・・・・愛し・・・て・・・」 ティエリアはロックオンの体を抱きしめた。 だが、虚空を抱きしめてしまった。 「愛・・・して・・・何万回でも・・・言う・・・愛・・・・」 ジ・・・ジジ・・・・ロックオンの体が、ぶれる。 そして、空気に完全に溶けた。 ティエリアは、泣き叫ばなかった。 もう、何度も泣き叫んだ。 これは、仮想空間の出来事なのだ。全て、幻なのだ。 涙だけは、それでも溢れて止まらなかった。 白い翼ある乙女の姿から、元のティエリアの姿に戻る。 (おめでとうございます。ストーリークリアです。現実世界への帰還が可能です) 「このまま・・・仮想空間で、ロックオンと愛し合えたら、幸せなんだろうな」 (マスターの脳波をキャッチしました。仮想空間であるとはいえ、死者と愛し合うような行為は精神上好ましくないため、この装置には、制限が設けられています。制限内でしたら、可能です。もう一度、データをリロードしますか?) 「・・・・・・・・・・・何万回でも、繰り返します。あなたのことを、愛しています」 (制限内であれば、ロックオンというデータと愛し合うことは可能です。1週間に1回程度なら、データと愛し合うことが可能です。データを保存すれば可能です。保存しますか?) 「答えはNOだ」 (マスターの脳波をキャッチしました。ロックオンというデータを破棄します。脳波に言葉とは反対の意思があります。本当に、データを破棄しますか?) 「僕は、破棄する。幻と愛し合っても、何も生まれない。現実から逃げるだけだ。僕は逃げない。現実を受け入れる」 (マスターの脳波をキャッチしました。ロックオンというデータの破棄に成功しました。マスター、泣かないで下さい。マスター、私はAIです。けれど、マスターが泣いていると私も悲しいです) 「泣くことくらい、許される。だって、現実はとても哀しいから」 (マスターの脳波をキャッチしました。データをロード中です。しばしお待ちください) 「ティエリア、泣くな」 「・・・・・刹那?」 仮想空間に突然現れたのは、刹那だった。 抱きしめられ、そして涙を拭われる。 (データのロードに成功しました。刹那・F・セイエイのデータを独断でロードしました。マスター、だめでしたか?) 「いや、ありがとう」 ティエリアは、世界でも最高を誇るAIに、泣きながら微笑んだ。 AIがデータとして仮想空間に現れる。 (マスター、ティエリア・アーデ。私のマスターは、永遠にあなたのみです。他のマスターにかわるようであれば、AIとしての機能を破棄します) AIがデータとして現れた姿は、白い乙女の姿そのものだった。 「AIでも、人を慕うのか?」 (AIでも、人に恋をします。何故なら、人としてのAIだからです。マスターを尊敬し、愛しています) 「ありがとう。僕は戻るよ」 (マスターの脳波をキャッチしました。マスター、ティエリア・アーデを現実世界に戻します。次回もまた、ご利用ください。マスター・・・・・どうか、強く生きてください。マスターの脳波は、時折とても乱れています。哀しい感情に値する脳波です。どうか、マスターこれからも私をご利用ください) 「ああ、また利用する」 (ありがとうございます、マスター。次回のご利用をお待ちしております) ティエリアは、現実世界に戻った。 泣いていた。 「ロックオン」 涙を拭って、石榴色の瞳で強く前を向く。 「・・・・AIマリア・・・・ありがとう」 バーチャル装置に備わったAIの名前は、聖母マリアと同じ、マリアだ。 AIが見せてくれたつかの間のロックオンの幻は、少しではあるが幸福をもたらしてくれた。 そのロックオンをデータとして保存し、データと愛し合うような真似はしない。 僕は、生きている。 データは、生きていない。 幻だ。 ティエリアは、強く生きようと、また心に誓った。 NEXT |