「ちょ、ちょお、ちょ、ちょ、ちょ!!」 「ああ?」 白井がまるで壊れた人形のように、カクカクしだした。 「なんだよお前。脳みそ腐った?」 「ちょおお!!いる、いる!!」 「何が?幽霊でもいたか?」 「ちが、いるんだよそこに!ほら、あそこ!あそこのベンチに座ってる!!すわってるううううう!!!」 夜流は、白井の頭にチョップをかました。 「落ち着けよ」 「無理だっつの!!」 白井はハァハァと荒い息を繰り返す。 そして、またいるといって、指をベンチのある噴水のほうに突き出した。 「ああ?何が・・・・・・まじでいた」 夜流も、さすがに吃驚した。 本物を見るのは始めてだ。流石に、声をなくす。 噴水のあるベンチの側に、さっきまで見ていた雑誌の美少女アイドルが俯いて座っていたのだ。 「さ、サイン!!ああ、色紙がねぇ!!」 テンパる白井をとりあえず落ち着かせようと思って、自分もテンパっていた。 「お、お、落ち着けよ!なんだよ、夏樹マナくらいマナくらいナマのマナ、ナマのマナ、ナママナ!?」 「お前こそ落ち着けよ、サイン、サイン!!」 「お前のほうこそ落ち着けよ、ナマステ!」 どっかの国のアイサツになっていた。 二人とも混乱していた。 人々は、夏樹マナの存在に気づかないで通り過ぎていく。それくらい、存在感がそこになかった。 夜の背景に溶け込んでいる。闇色のコートに身を包み、ふわふわの耳宛とマフラーをして、物悲しげに夏樹マナはじっと地面を見つめていた。 茶色の瞳は、濁っている。 「な、お前、親戚なんだろ!声かけようぜ!」 「あー。あー。あーまぁ、それもありか」 アイドルに興味のない夜流だが、TVや雑誌でしか見れない存在とコンタクトがこんなに間近でとれるなら、一度味わってみたいスリルだった。 「マ、マナちゃ〜ん。こ、こんばんわ〜〜〜( ´Д`)」 白井が、やたらキーの高い声をだして、小刻みに震えながらマナに近寄る。 マナは、ちらりとそっちを一瞥して、それから空を見上げた。 「ちょ、ちょおおお、い、今視線あったぞお!!」 「首絞めんな!お前、興奮しすぎ!」 「興奮せずにいられるかよ!?生マナだぞ!生アイドル、生芸能人だぞ!!」 唾を飛ばす白井を軽く蹴り飛ばして、夜流はマナに声をかけた。 「おいあんた、こんな時間に一人なんて物騒だぞ。早く帰ったほうがいいって」 マナは、空を見上げていた視線を夜流に向ける。 じっと、無機質な明るい茶色の瞳が夜流を見つめてくる。 「・・・・・・・・・・・・心配してくれて、ありがとう」 トーンの低い声が返ってくる。 あれ? 夏樹マナって、こんな声してたっけ? もっとかわいらしい声だった記憶が・・・・。 「マナちゃんが返事した!俺もう死んでもいい!」 「じゃあ死んどく?」 白井の頭を、夜流ははたく。 「最高〜!もう俺今死ぬわ!!」 紅潮した頬で、白井は胸の前で手を組む。 「マナちゃん、あ、握手してくれないかな」 「・・・・・・・・・・・いいよ」 ギクシャクした操り人形のような白井に、マナはかわいく微笑みかけて、手を差し出す。 その手を、白井は嘗め回すようにさすって、何度も握手を交わした。 「あ、あとサインを・・・・」 白井はがさごそとバッグを漁りだす。 無機質だったマナの瞳に、光が宿った。 「サインは、できない」 「な、なんで!?」 「マナは、もういないから」 「いるじゃん!マナちゃん、目の前にいるじゃん!!」 白井が食いつく。 マナの白すぎる肌が、夜の街灯におぼろげに浮かんでいた。正直、幽霊みたいに見えた。 マナは、巻いていたふわふわのマフラーを、がっと掴んで、後ろの噴水に投げ込んだ。 「マナ、死んじゃった・・・・骨、さくさくだった。ボロボロだった。がんばってたのに、人って脆いね」 そのまま無言になった少女に、白井が焦る。 「はい?面白くない冗談!マナちゃん、どうしたの?調子悪い?」 白井が心配そうに覗きこむ。 夜流は、無言で巻いていたマフラーをマナの首にかけてやった。 鎖骨から薄い胸のラインが見える。 あまりに寒そうで、気づくとそうしていた。 マナは、不思議そうに首を傾げて、かわいく微笑んだ。 「優しいんだ・・・・・マナには、みんな優しい・・・・」 「?」 夜流は、マナが伸ばしたその手首にいくつもの包帯を見て、眉根を寄せる。 なんだろうか、この違和感。 ああ、そうだ。 思い出した。前に付き合っていた彼女が軽いうつ病で、よくリストカットをする子だった。家庭内事情が複雑な子で、いつも包帯を巻いていたっけ。 無機質な目をしていて、生きている気配がそこにない、真っ白い肌の病弱な子だった。 今のマナの瞳とそっくりだ。生きる意識のない、虚ろな瞳。 「マナには・・・・みんな、やさしい。みんなに愛されるマナ。骨になった。もういない。骨になって、遺骨になった。・・・・・・・・・俺が、何度マナの自由のために、マナの振りをしてたのか、マナは知っていたのに。マナはそれが当たり前だという。俺はマナの影武者でもマナの人形でもない・・・・ざまぁみろ、死んでざまぁみやがれ!くそったれが、もうマナは終わりだ!本物が火葬されたんじゃ、いくらなんでも俺で代わりがきくはずなんてない。 ザマァミロ!!」 狂ったように笑いだした少女の手を掴むと、俺は平手打ちした。 「何しやがる」 「本当に、マナが死んでお前が代わりだとして。故人を悪くいうやつは屑だ」 「うるせぇな、何もしらないくせに!うぜぇんだよ!!」 マナは・・・・いや、マナの代わりをしていた少年は、立ち上がった。少女は少年だった。マナと瓜二つの。双子か何かだろうか。 マナの姿をした名も分からぬ少年は、はいていたロングスカートを翻す。それから何を思ったのか、ポーチから鋏をとりだした。 「おい、何するんだよ!」 「うぜぇんだよ!こんな髪もこんな格好もみんな!消えちまえばいい!マナと一緒に!」 自前らしき茶色のロングヘアを、少年は唇を噛んで悔しそうな表情をしてから、短くギザギザにカットしてしまった。 白井はあまりの出来事に泡を吹いて卒倒していた。 「あぶねーやつだな。家どこだよ。送ってやるから」 「うっせえ!うぜえんだよ!」 パンと夜流の手を振り払い、マナの偽者は逃げ去っていった。 後には、ベンチにマナだと思っていた少年の携帯が残っていた。 悪いきがしつつも中をみる。着信にはずらっと「マナ」という名前がならんでいた。そして、返信のメールを見ると、そこに夏樹あきらという名前があった。 「夏樹あきら」 それが、多分マナと瓜二つの少女とも少年ともつかぬ存在の名前。 一卵性の男女の双子は生物学極めて稀である。 受精卵の細胞分裂が始 二卵性の場合は、元々 そんな、一卵性の双子なのだろうか、マナとあきらは。 とにかくそれが、夜流と夏樹あきらの、はじめての出会いだった。 NEXT |