「あきら」@








次の日の夜。
如月夜流は、夏樹あきらの携帯を持って、昨日であった噴水のベンチにきていた。
夕方から、ずっと一人で待っていた。
くる確信なんてなかったけど、携帯がないと困るだろうし、もう一度会っておきたい気がしてならなかった。初対面の相手をぶったりして、悪かったと反省していた。
あきらには、彼には彼なりの複雑な事情があるのだろう。
人間誰しも、いろんな問題を抱えて生きている。
夜流は、彼の何も知らないのに、彼の全てを否定した気がして心が痛んだのは、帰ってベッドに入ってからだった。
結局一睡もできやしなかった。

でも、結局その日あきらは来なかった。

あきらと始めて会った日の翌朝から、夏樹マナがガンで死んだというニュースがTVをつければひっきりなしに流れていた。
ガンと闘いながら、彼女はアイドルとして最後の耀きを放ち、そして散った。
夏樹マナがガンと発覚したのは3ヶ月前。若い人がガンにかかると、急速にガン細胞は広がりやすく、早期発見でないと手遅れになることがある。
夏樹マナの場合、早期発見と思われ、手術も順調にいっていた。その頃、彼女がガンであるということはマスコミには伏せられていた。
ただ、体調を崩し療養生活を送っているという偽の情報だけが報道された。
夏樹マナは、抗がん剤を飲みながら手術に耐え、そして3ヶ月たった頃、ガンの転移が発見され、それがもうどうしようもないくらいに進んでいるのだとわかり、彼女はそれでも抗がん剤を飲みながら体調のいい日に仕事を続け、そして余命1年と宣告されたそうだ。
夏樹マナは、友人の白井が彼女の水着写真が掲載されていた雑誌が発売されていた頃には、本格的にガンと闘うために入院していた。そして、芸能活動を休止することを決めていた矢先のできごとだった。

どんなニュースを見ても、あきらがマナの代わりをしていたという情報などなかった。だが、マナには双子の弟がいて、芸能プロダクションがマナの死を悼みながら、本格的にその弟をプロデュースするつもりである、とだけ情報が流れた。名前さえ、まだ伏せられたままだった。

それだ。
それが、きっと夏樹あきら。
マナによく似た、双子の一卵双生児。双子なら、性別が違っても顔は同じだろう。

夜流があきらを待ったのは、二日だけで、その気になれば相手は自分のアドレスに電話をかけてくるだろうと、あきらの携帯をいつも持ち歩いて、普通の生活がまた始まった。
気づけば、あきらと出会って1ヶ月がすきで、世間では夏樹マナのことなどすでに忘れたように違う話題に花が咲き、夜流もあきらの携帯を彼に返すのを諦めかけていた。
きっと、新しい携帯を買ったのだろう。

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「おーっす、おはよう夜流」
「あー、おはよう」
私立ヨーゼフ学院中等部。男女共学のその中学校は、関西区域でもTOPクラスの進学校だ。
関西区域の有名大学への進学率も高い。
同じ進学校の中学に通う中学生からすれば、憧れの的だろう。地元の中学でも有名で、やはり憧れの的だ。

「最近表情暗いなぁ」
「あー。ちょっとなぁ。俺のせいもあるかもしれないけど、両親がいつも喧嘩ばっかしてて・・・・」
「あーあるある。おれんちも、顔あわせればいつもぎゃーぎゃーやってたぜ。んで離婚だよ」
話かけてきた友人のは十音透だった。
三人の友人の中で、唯一透だけが、同じ学校に通う友人だ。
他にも友人は何人かいるが、あまり気が合わない。
透は成績が下で、みんなバカにしたように、透とつるむことを避ける連中ばかりだ。
夜流はそれが気に食わなくて、透とよく一緒にいる。
彼の評判もあまりいいものではない。地元で不良と夜遊びをしていると噂されている。まぁ、事実なのだが。
だが、夜流も透も補導されるようなへまはしないし、何より夜流は勉強もしていないのに、授業中なんかグースカ寝ているくせに、実力テストをすれば学年10番以内、同じく中間や期末も成績がよくて、担任のお気に入りだった。
透と同じで髪を派手に染めているし、ピアスだってしている。
でも、成績がいいので何もいわれない。その分、透は成績が悪いのでよく進路指導室に呼び出されたりする。

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昼休みに、屋上で透と一緒に昼食をとった。
「夜流・・・・俺さ、やっぱここの上受けるわ」
「マジで?」
夜流は、もうエスカレーター方式でヨーセブ学院高等部への進学が決まっている。
成績が最下層ランクの透の場合、レベルを落として違う公立高校に進学するといっていたのだけど、高校受験を1ヶ月後に控えた今になっての、まさかの同じ高等部で進むために、外部からのレベルの高い連中にまじって、受験をするのだという。
はっきりいって、透が受かる確立は低い。
「公立は?マサキと同じ高校にするんじゃなかった?」
「マサキと同じ高校もいいんだけどさぁ。やっぱ一応、将来のためっての?ほら、うち母子家庭じゃんか。母さんにあんまり、心配かけさせたくないんだよ。いくら父さんの教育費で私立学校に通う余裕があるからって・・・なんだろなぁ。マサキにはほんと悪いと思ってる。でも、母さんとこの前話してさぁ。母さん泣いちゃって。俺が普通にエスカレーター方式で高校いくものだと思ってたっていわれてさぁ。はっきりいって、勉強適当にやってたんだけど。1ヶ月あれば間に合うかなぁって思って。一応、俺も実力でこの中学に受かったんだし。頭悪いってみんなに言われてるけど、知能指数学年で一番高いんだぜ?昨日ちょっと勉強して・・・・できるって思った」
「すっげー自信」
「はは・・・・そうだよなぁ、俺自信家だから」
夜流は空を見上げて、透に笑いかけた。
「お前ならできるよ。ぜってーできる」
夜流の金色の髪に日の光が透けて、キラキラ輝いて見えた。
「おー、心の友よ!まぁ、マサキとは家が隣同士だし?別に学校違っても、泊まりにいけばいいしー」
「お前らほんと仲いいよなぁ」
「そういうお前も、テツと仲いいじゃん」
「そうか〜?」
「あー、それで夜流、今日ちょっと勉強付き合ってくれよ!」
透はサンドイッチの最後の一口を食べ終えて、悪戯に微笑む。

透は、影でファンクラグがあるくらい、なんというのかかわいい顔立ちをしてる。
でも彼女はいないらしい。
夜流は今まで8人の女の子と付き合ってきたが、中には透目当ての子までいた。それくらい人気がある。

「は〜。お前は暢気でいいよなぁ。お前に頼まれると、なんでか断れないんだよな。こう、母性本能が疼くというかなんというか」
「へー、夜流、オカマだったのか」
「ちがーわぼけ!」
スッパーンといつも通りの夜流の、友人へのツッコミが炸裂する。ちなみに頭をはたいたあと、蹴り倒した。
「NO!俺のキュートな顔に傷がついたらどうする!」
「このナルシーがぁ!」
「なんだとお、この雑草が!雑草をこよなく愛する、わけのわからない園芸クラブに入ってるくせに!3年で受験生なのにまだ辞めない雑草オタクめ!」
「この、雑草なめんな!雑草は踏まれても頑張って生きてるんだぞ!」

キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴る。

夜流と透は、急いで片付けをして教室に戻るのだった。




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