「あきら」A








再会の約束は突然だった。
図書室で透に勉強を教えていた時、携帯が鳴ったのだ。
みんなの視線が夜流に突き刺さり、夜流は慌てて携帯を取り出すが、はっとする。自分の携帯は電源を切っていた。
それから、思い当たったもう一つの携帯を取り出した。
「もしもし?」
「・・・・・・・・・・」

「透、俺ちょっと廊下いってくるから!ここで携帯やべぇから」
「あ、うん。うーんと、ここの公式がこうで・・・ううむ、簡単だな」
勉強を教えなくてもすらすら解いていく透は、問題集に夢中だった。
「もしもし・・・・なぁ。あんた、夏樹あきらだろ?」
「なんで俺の名前知ってる?」
「携帯のメール返信の欄に、名前が書いてあった」
「勝手に見たのか」
「普通見るだろ!1ヶ月も携帯放置してたら!何度捨てようと思ったか!」
「警察に届けろよ」
「あ、その手があった・・・・・俺バカだ」
「ほんとバカだな。なぁ、バカなら俺助けてくれよ」
「はぁ!?」
「今日の午後8時。最初に会った場所で待ってる」
「ちょ、ちょお待てよ!!」
ブツ、ツーツー。
携帯は一方的に切れた。
公衆電話か何かからかけたようで、相手のアドレス先は分からなかった。

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そして、結局夜流は一度家に帰宅して、私服に着替えると、白井哲や川原マサキ、十音透と7時頃まで町をぶらついて遊んだ後別れて、一人で噴水のベンチのある場所までやってきた。

「うー寒い!」
夜流は寒風に身を震わせる。
寒いと思ったら、雪が降ってきた。ちらちらと舞い落ちてくる雪の降る空を見上げていると、背後から声をかけられた。
「名前、教えろよ」
「えっと・・・・・って、お前」
「お前じゃない。あきらだ。呼び捨てでいい」
「えーと夏樹くん?」
「その名前で呼ぶなよ!女みてーじゃんか!」
夏樹あきらは、声を荒げた。
ふわふわと、白い雪があきらを包んでいく。幻想的にまで見えた。
髪は肩のあたりで整えられて、前に会ったときと同じふわふわの耳宛とマフラーを巻いていた。
白い顔は化粧もしていないだろうに、紅をひいたように唇が紅く、そして長い睫にいろどられた大きなアーモンド型の瞳は、明るい茶色。
多分、純粋な日本人ではないだろうその光彩の色。ハーフかクォーターか、確実に西洋人の血を引いている。アンティークドールのように静かで綺麗だったけど、生きている印象がやはり薄かった。
「えーとあきら?・・・・・・なんで、スカートなの?お前、男だろ?」
あきらは自分のスカートを見下ろす。
「仕方ないだろ。女の格好してないと、父親が暴力振るうんだよ。母親は泣きわめくし」
「ええと?」
「おれの母親・・・・俺のこと、知らないんだ。覚えてくれないんだ。何度名前いっても、マナって呼んで来る。頭がイカれてるんだよ」
「どっか・・・店入る?」
「ここでいい。なぁ、俺の名前知ったんだろ。お前、名前教えろよ」
「ええと、俺は如月夜流。夜に流れるって書いて夜流(ヨル)ってよむんだ」
「ふーん。綺麗な名前」
あきらは、ベンチに座りこむ。

「なぁ。お前、助けてくれっていったよな。どういう意味だよ」
「あ?俺、そんなこと言ったっけ?」
「それに、女の格好してないと父親が暴力ふるうとか、母親がイカれてるとか・・・・」
「そのまんま。マナのこと知ってるだろ」
「あーうんまぁ。アイドルだったし、有名だよな」
あきらは、夜空を見上げてぽつぽつと話し出した。
「マナと俺は、一卵双生児だった。マナを溺愛していた両親は、俺を愛してくれなかった。母親は幼い頃から俺にマナの格好させて、俺の存在さえ忘れちまった。父親は母親がキチガイになるのを怖がってそれを止めない。俺はもう一人のマナとして生きることを余儀なくされて・・・学校もほとんどいってねぇよ。マナの代わりに写真撮影引き受けたりも何度もしたし・・・全部、家族ぐるみどころか、所属事務所ぐるみで俺をもう一人のマナにしてた。んで本当のマナに機会があれば自由を与えて、甘やかして。本当のマナが死んで最悪。俺、毎日母親に抱きしめられて人形みたいに着せ替えられて、マナはかわいいね、愛してるわとか囁かれて。んで俺がそれ拒否すると母親はキーキー喚いて、父親は俺をぶってくる。ここに、俺の生きてる意味ねーじゃんとか思ってさ〜。たまにこうやってふらって町で歩いてもそこに俺の居場所ねーし。友達でもいれば変わるのかなぁって思って、お前のこと思い出したんだけど・・・・」
「はぁ?つかそれって、虐待じゃねぇの・・・・やばくね?お前の両親」
夜流は、あきらの隣に座ると、あきらの顔をのぞきこむ。
わずかだが、あきらの頬には確かにぶたれたような、暴力行為を受けたあとが見えた。痣は薄いが、よくよく見ると、露出された僅かな手にも痣があった。
「虐待?さぁ、しらねぇよ。他の家庭なんてどうなってんのか。興味もねぇし。・・・・ってか、虐待だとしたらなんだっての。施設なんて俺いきたくねぇよ。どうにもならないじゃん。親戚なんてほとんどいねーし」
「だから、助けてっていったの?」
「さぁ、俺そんなこといったっけ?」
「事情聞いてる限り、俺に助けて欲しいっていってるようにしか聞こえない」
「じゃあ、助けてくれよ」
「どうやって」
「俺とかけおちとか・・・・だっせ、マナじゃねーのに俺。つか、まじで友達なってくんない?寂しいよ」
あきらは、大きなアーモンドの瞳を更に大きく見開いて、ぽつぽつと透明な涙を流し始めた。

「友達になるくらい、お安い御用だ。知ってる?俺んち、夏樹の家とは薄いけど親戚関係なんだぜ」
「うわ、まじで?俺引き取ってくんねーかなぁ」
「いきなり無理だろ。子供の俺らの決めることじゃねー。友達になるから、泣くのやめろよ」
「うっは、お前すっげいい奴?やっべ、俺拒絶されると思ってたのに。やっべ、涙とまんね。はは、マナの格好しててよかった。泣いてても不自然じゃないもん」
傷ついた子犬みたいだった・・・・あきらは。
ポロポロと泣き続ける。
「泣き止めよ。俺が泣かしてるみてーじゃんか」
「お前のせいだよ。お前のせい・・・夜流のせい」
「今日はどーすんだよ?俺んち泊まってく?」
「家帰らないと・・・・親父が怖い。最近暴力エスカレートしてきたから。マナが死んで、荒れまくってる・・・・」
「携帯、返すよ。ほら、泣き止めよ。男だろ!寂しくなったら携帯にかけてこいよ。いつでも話相手になってやるから!何かあったらかけつけてやるよ」
「あー・・・・・俺、今心臓握りつぶされたみたいに、きた」
「はぁ?」
「お前、だっさいのになんかかっこいい?いやださい・・・・」
「どっちだよ」
マフラーでごしごしと涙を拭いて、あきらは立ち上がった。

「俺、帰る。電話するから。話し相手、なってくれよな?」
あきらの身長は、俺よりも一回り小さかった。体も華奢だ。格好が少女の服装をしているせいで、完璧に女に見えた。ただ、声のトーンが少し低いだけ。でも、違和感はない。

「お前、俺の親友な。決定。お互いの鼓動が止まる瞬間は、お互いの心臓を握りつぶした時だ!!」
「意味不明!」
あきらは、夜流の困った顔に、はじめて作り物ではない笑顔を見せた。

夏樹あきら。
こうして、如月夜流と二人は友人になる。





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