「あきら」B







夜流は、宿題を珍しくしているとき、机においてあった自分の携帯のバイブが振動しているのに気づき、それに出た。
「はいもしもし、俺だけど」
「俺じゃわからん。名を名乗れ〜」
「いや、俺だけど」
「名を名乗らんか、無礼者め!」
「どっちが無礼者だ、出合え出合え、切捨てい!」
しばらくして、電話の向こう側からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「何、お前めっちゃのりいいじゃん。流石関西人」
あきらだ。あきらは、まだ面白そうにに電話の向こう側で笑っていた。
「そういうお前も関西人だろ!」
さらにつっこみをいれる。関西人はのりとつっこみ、あとボケが大切だ。と夜流は勝手に思っている。

「なぁ、明日あいてねぇ?」
「んー。あいてるけど」
明日は土曜で学校が休みだ。
「じゃー、デートしようぜ」
夜流は、机の上にあったコーラを一口飲んで、むせた。
「うああ、きたああああ」
「なんだ?嬉しくて涙でた?」
「ちゃうわい!コーラが鼻にはいった。きっつー!!ぐああああああああ」
「夜流は250のダメージを受けた。あきらのターン、あきらはメラゾーマを唱えた」
「唱えるな!」
「ははは、やっぱお前面白い」

すでに、夜流はあきらともう何度か携帯でやりとりをしている。
あきらがあれから、自分の家庭について話すことはなかったが、時折あきらの携帯から彼の背後で彼に声をかける、あきらの母親であろう声がまじるときある。
たいてい、マナちゃん何してるの?とかマナちゃんおなかすいてない?とか、そんな問いかけだった。
あきらは、その問いかけに、普通に答える。
「マナ」として。
あきらは、本当に母親にマナとして見られ扱われているようだった。
父親の声を聞いたことはないが、母親の声はよく携帯の会話に混ざっていた。あきらにまといつくようなかんじで、あきらはそれをうっとうしがって、自分の部屋にこもるらしい。

「じゃあ、明日昼12時にいつもの噴水の前で」
「おい待てよ、俺の予定も聞けっての」
「知るかよ。暇なら俺と遊べ。強制な。じゃあな〜」
携帯は切れてしまった。
「ったく、マイペースな奴・・・・」
夜流は頭をがりがりとかきながらも、一緒に遊ぶ約束をしていた3人の友人に、急な用事ができたとキャンセルをして、携帯で謝ってまわるのだった。

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翌日の、昼11時半。
繁華街は人が行き交っている。噴水の周囲にあるベンチには、恋人たちが座り、甘い時間を過ごしている。
クリスマスのときにつけられたイルミネーションがそのままで、まだ太陽も高いのに街路樹はチカチカとイルミネーションが点滅していた。
「はやく、つきすぎた」
あきらは、ため息をこぼしてフードをおろす。
めちゃめちゃ少女趣味の、ゴシックロリータなファッションをしていた。
スカート丈は膝上。おまけに黒いニーソだ。ちらちらと年齢を問わず、男性の視線があきらの太ももに注がれ、次に顔を見て足を止め、また歩き出す。
隣のベンチに座っていた男が、そろりとこちらを伺っていた。彼女がいるにもかかわらず、あきらの完全な美少女姿がとても気になるようだった。
「つっまんねー」
かかとの高い黒のブーツをはいた足を投げ出して、あきらは上着のポケットに両手をいれる。

ファーのついた襟に目を落としてから、自分の影を見た。
髪はツインテールに結われて、細かな白のリボンが編みこまれている。
一度はギザギザに切った髪だが、母親が嘆いて泣きまくるもので、すぐに次の日つきそわれて美容院に連れていかれ、肩のあたりで綺麗に揃えられてしまった。
いっそ丸坊主にでもしてやろうかとも思ったが、自分の美貌を知っているので、やっぱちょっと勇気が足りなかった。それでも、母親が大好きだったロングヘアを自分で切ってやったことで、大分ストレスは解消された。
あきらの髪の色は明るい茶色。
染めているではなく、瞳の光彩と同じ色だ。瞳もコンタクトをしていると間違われるが、天然ものだ。母親はドイツ人と日本人のハーフで、あきらはクォーターで、白人の血が混じっている。
だから、髪や瞳の色が明るい。優性遺伝子をもつ日本人の黒であるが、白人の血がまじると結果、ハーフなどは天然の茶色の髪や瞳をさずかる。母親はハーフでもドイツ人の血が濃くて、太陽の光を浴びると金髪にも見える髪に、グレーの瞳をもっている。

今日の朝の母親はご機嫌だった。
出かけるのに、デートしてくるとあきらが自分から言ったのだ。マナに彼氏ができたと、母親は自分のことのように喜んであきらに女の子の衣服をきせて髪を結った。
「ちゃんとママにも会わせてね、マナ?」
「うん。今度紹介するよ」
今思い返せば、反吐がでる会話だ。
ちなみに、あきらには自分の服はない。
全部、姉であるマナの服ばかり。母親が買い与える服も、マナとしてのもの。
自分の小遣いで男ものの服を買ってそれを着て帰った時の、母親のヒステリーは相当なもので、鋏をもってきてあきらが着ていた男ものの服を切り破ってしまったほどだ。
昔は、自分が女の子であると思っていた。普通に女の子の格好をすることに抵抗感なんてなかった。
今も実は全然ないのだけど、それは女の子として育てられてしまった間違った両親の愛情のせいだ。マナだけが、夏樹家の子供だ。マナでないあきらはもう一人のマナ。マナと同じ服を着て、同じ格好をして同じアクセサリーをつけて、同じ髪型をして。
全部、マナのためのものが、あきらのためのものだった。
マナが死んでしまったいま、あきらはマナとして振舞う以外に家で生きる術がなかった。
昔はまだ、姉のマナがいた。我侭で傲慢だったけど、マナがいたからまだ辛くなかった。マナは、確かにあきらのことを人形のように扱っていたけれど、ちゃんと家族として愛してくれてもいた。「あきら」として扱ってくれない母親から庇い、マナとして一緒に生きる術を教えてくれた。

もう、マナはこの世界のどこにもいない。

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あきらはまた泣きそうになった。
元々涙腺は弱い上に、女性として育てられたせいで、ちょっとした仕草や振る舞いも女性の自然体がでそうになる。
だから、あきらの周囲にいる誰もが、あきらが少年であるなんて、思いもしない。

「彼女、一人?」
あきらがうつむいて、じっと涙をこらえていると、一人の高校生くらいの男子が話しかけてきた。
ああ、ナンパか。
慣れているあきらは、いつも通りあしらう。
「彼氏まってるので」
「いいじゃん、一緒に遊ぼうぜ〜」
「ひゅ〜すっげかわいこちゃんじゃん」
男の背後からさらに数人の男が出てくる。どれも髪を染めていて、こちらを値踏みしてくるように見つめてくる。
「ちょっと!!」
あきらは逆らおうとした。でも、力が違う。
「ほら、いこうぜ。一緒に遊ぼうぜ〜」
男の手に引きずられて、あきらは無理やり歩かされた。

誰も、みんな見て見ぬふりをしている。
助けてもくれない。あきらも助けを求めない。

「俺、男なんだけど?こんな格好してるけどさぁ」
人気のいない空き地に連れ込まれて、周りを囲まれて、あきらは冷たく笑った。
あきらが男と分かると、相手は汚い言葉をはきすてて、気持ち悪いといって去っていく。それがいつものパターンだ。
「なにいってんのかわいいのに」
「ほら、胸ないだろ!」
あきらは、一人の男の手を自分の胸にあてた。
「あれ?まじねぇ・・・」
そこに男が期待したふくらみはなく、平だった。
「おもしれ〜。スカートの中どうなってんの?」
「ちょお、何すんだよ!!」
もう一人の男が、あきらのスカートをめくる。
あきらは下着は流石に女性ものはつけていない。タンクトップとボクサーパンツだ。これはいつも父親が買ってきてくれる。母親はあきらがマナだと思っているので、マナが我侭で可愛くない下着をつけているのだと思っているのだ。
母親は、明らかに精神的な病に冒されている。何度か医者にみてもらったし入院もしたけどよくならず、マナといる時が一番幸せそうで、父親はあきらがマナとして扱われるのを黙認していたし、あきらが思春期になってマナでいることを拒否すると、ぶったりもしてきた。
マナが死んでやっと解放されると思ったのに。そこにあったのは、余計にマナに固執するようになった母親と、マナであることを拒絶すると、あきらに暴力をふるうようになった怖い父親。
最低な親に育てられた子供も、最低になるのかな・・・・・。
そんなことが、あきらの脳裏によぎった。

「まじ男の子・・・・かわいいのにもったいないなー」
「俺、これならいけるかも」
「まじでー。お前ヘンターイ」
「ちなみに、隣のこいつバイだし」

あきらは、はじめて自分の貞操というものに危険を感じた。




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