「トモダチ」A







「おー夜流久しぶりじゃん」
哲、マサキ、透が久しぶりに溜まり場にしている公園に現れた夜流を歓迎してくれた。
「まぁ、俺は学校でもあったけど?」
同じ学校のクラスメイトでもある透は、一人格好をつけた。
みんな学校帰りで、制服姿だった。
哲とマサキは同じ公立中学校で黒のガクラン、透と夜流は有名なデザイナーがデザインしたという見た目がかっこいいブレザーの制服だった。
透をみんな無視した。透は悲しそうにあさっての方向を向いていた。
夜流は背後につれていた人物の手を引く。
「無理だよ・・・・俺こんな格好だし・・・・」
「お、噂の夜流の彼女?」
夜流の背後で、膝丈のスカートとツインテールに結われた髪が揺れた。
「わかんないだろ、ためしてみないと。みんないい奴だから!」

「うお、私立聖マリエル学園の制服じゃんか!うっわ、LVたけぇ!」
マサキが吃驚する。
すると、哲も吃驚して叫んだ。
「え、え、嘘!夏樹マナちゃん!?」
透は、無視されたのが哀しかったのか、今もあさっての方向を見ていた。
夜流から話をきいていたし、もうあきらとは対面済みだ。
「俺・・・・・」
夜流の隣に並んだあきらは、頬を真っ赤に紅潮させて、もじもじしだした。
無理もないだろう。
みんなは普通の男子の制服なのに、あきらだけ女子の制服なのだ。

それもこれも、マナとしか認識しない母親と、それを寛容する父親のせいだ。
あきらは、学校で性同一障害の生徒として受け入れられ、女子の制服で登校することを学校側から許され、いつもマナと一緒にいた。
マナには友達がたくさんいたけど、あきらに友達はいなかった。
ただ、マナの側につきしたがっているだけで。いつも暗そうな顔で下を向いていた。
いじめられなかったのは、マナがいたお陰だろう。
マナがいなくなって学校に通いはじめて、早速いじめがおこったけど、あきらはそんなものどうでもいいように無視して、いじめてきた男子生徒を蹴り飛ばしてやったりもした。
女子生徒に庇われて、いじめはすぐになくなった。
もともとあきらは、女子の服を着ているとはいえ、少年としての自我を不完全ながらも形成しているのだ。
学校ではそれでもなるべく大人しくしていた。
誰ともしゃべらず、何かあっても丁寧語で対処する。
あきらは、普通にしゃべらなければ本当に美しい一人の美少女だった。しかもクォーター。頭もいい。家は資産家で金持ちだ。
男なのか女なのか分からない存在は、学校で浮いていたけど、その存在はどこか神秘的だった。
男子生徒に呼び出されて、告白されることも珍しいものではなくなった最近。無論、ほとんどがからかい半分だったけど、中には本気の者までいた。
怖かった。あきらは、やっぱりあの事件を忘れたわけではなかった。
同じ同性に恐怖を抱いていると知った夜流は、よくない傾向だと、自分以外にも友達を作るべきだといってきた。それは当たり前のことなのだが、あきらには自分を受け入れてくれる男の友達なんて思い浮かばなかった。
だから、夜流は自分の友達を紹介することにした。
きっと、自分の友達ならあきらの存在を受け入れてくれると信じて。

「あの・・・・ね。俺、男なんだ・・・・・夏樹マナの、双子の弟。母親が俺のこと、幼い頃からマナとしてしか認識しなくて、それでマナ死んじゃっただろ。父親は放置主義で、俺がマナじゃないって母親拒否して泣かすと、殴るんだ。それで・・・・俺、マナの代わり、やってるんだ。見て、これ。昨日、親父に殴られたあと・・・・」
あきらは、腕を見せた。
そこには、痣になった何か棒のようなもので叩かれた痕があった。
「昨日、父親から暴力受けたのかよ!なんで俺にいわなかった!」
あきらの言葉を聞いて先にびっくりしたのは、夜流だった。
「だって・・・・怖かったんだ。あの男・・・・俺を見る目・・・異常だよ。昨日、俺の部屋にきて・・・・・俺、俺・・・・・・怖いよ、夜流、夜流!!」
あきらは、泣き出してしまった。
哲もマサキも、言葉がでないようだった。
「大丈夫だ、俺がついてるから!」
「あいつ・・・・マナに、マナに・・・・マナに、性的虐待、してたって、俺にいったんだ。ほんとはお前にしたかったことをマナにしてたって。孕ませたこともあるって。俺、あいつに組み敷かれて・・・・お前も孕ませてやるってあの男、俺の服引き裂いて・・・・・俺、悲鳴あげて、母さんのところに逃げ込んだんだ。母さんのところにいたら、あの男何も出来ないから。あの男、ずっとずっと、俺のこと、自分の子供なのに、そんな目で、見てたんだ。俺、あの家にいたら親父にレイプされる・・・・・・怖くて・・・・母親が、叔父さんのとこに連絡してくれて・・・・ひっく、ひっく」
「落ち着け、あきら。もういいから」
「あきらっていうの?大丈夫だから」
「俺らがついてるって」
「俺らの家に来いよ!」
哲もマサキも透も、あきらを取り囲んで、精一杯の声をかける。

「警察には?」
泣き続けるあきらの頭を撫でながら、夜流は優しくきいた。
「ううん・・・・叔父さんがすぐきてくれて・・・親父を殴り飛ばして・・・・今日から、しばらくの間母さんと一緒に叔父さんちで世話になることになった。・・・親父は、海外転勤するらしい。母さんは多分、ついてかない。二人だといろいろ心配だから、そうなったら、叔父さん夫婦が家に引っ越してくるってことで話まとまって・・・・午前中ごたごたして、午後から学校に行ったんだ。叔父さんちから」
「そっか。じゃあ、今日はもう父親のいる場所には帰らない、安全なんだな?」
「うん。多分。マナのこと、本当なのか分かんないけど・・・・あいつ、俺のこと本気でレイプしようとしてた・・・・男って、怖い・・・・」
ぎゅっとしがみついてくるあきらを抱きしめた。
「俺のことは?俺も男だぞ」
「夜流は平気」
「俺の友達は」
「ん・・・・平気。大丈夫・・・・でも、大人の男が怖い」
哲もマサキも透も、顔を見合わせて、そして静かに首を振った。

複雑すぎる家庭の事情。
環境が酷すぎる。
資産家の家の跡取り息子として生まれ、本来なら何一つ不自由なく育っていくはずだろうに、あきらは。
母親はあきらをマナとして認識し、あきらとしてみないわ、実の父親は日常的にあきらに暴力をふるって虐待し、ついにはレイプしようとするまでに至るとは。

「俺たち、あきらの友達になるぜ」
「俺も俺も」
「俺もだって」
哲も、マサキも、透も、あきらを労わるようにできるだけ優しい表情を浮かべていた。

「ん・・・・・ありがとう」

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しばらく公園で雑談をしていると、高級車が公園の前に止まった。
「マナ!!!」
「母さん!?」
「よかった、あのケダモノに誘拐されたのかと思ったわ。ああ無事でよかった・・・・GPSの携帯にしておいて正解だったわ。マナの居場所がわかるんですもの」
あきらの母親の瑞希は、離さないとばかりにあきらを両手で抱きしめた。
「母さん、父さんは?」
「大丈夫よ、マナ。あの男とは離婚します。家その他家財道具は一切こちらに引き渡すそうよ。叔父さんがね、仲介人になってくれたわ。教育費なんて受け取らなくても、貯蓄は私の実家の資産だけでも大丈夫だから。あの男は明日にはフィリピンに発つそうよ。見送る必要もないわ」
「父さんと、もう一緒に暮らさなくていいの?」
「ええ、大丈夫。叔父夫婦が、私たちの家に引っ越してくる話だけど、断ったわ」
「どうして?母さん・・・・」
「マナじゃないっていうのよ!あなたはマナなのに!どうかしてるわ!!」
ヒステリックに叫ぶあきらの母親に、誰もが静まり返った。
「うん・・・・俺、マナだよ。大丈夫、母さん、母さんのことは俺が守るから。マナが、守るから・・・・」
「いい子ね、マナ、愛してるわ」

透は、二人の親子の歪んだ愛情に、涙を流しそうになって、ぎゅっと唇をきつく噛んだ。

夏樹あきら。
ただの普通の、ちょっと見た目が女の子に見えるただの少年なのに。
科されたものは、あまりにも大きいのかもしれない。




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