300年後








「あら、クローディア姫、あれは?」

「何かしら」

人の声が近づいてきた。俺は、逃げるべきか逡巡した。でも、逃げてもどこにも行く場所なんてないしさぁ。
なるようになれ、かなぁ。

「まぁ。レンカ様!!薔薇の上で居眠りですか?」

「は?」

俺は目を丸くして、どこかの姫君らしい22歳くらいの女性と、そしてその侍女らしき女性を見上げた。

「いけませんわよ。あらあら、そんな姿で。寵姫であらせられるのに、もっと美しくしないと」

「はい?」

俺は彼女たちの言っている意味が分からなくて、首を傾げた。
サラサラと流れる長い白い髪。

「あ?なんだこれ?」

メッシュの入ったオレンジの横髪。完全にブリーチしたものではなくって、これは生粋の髪の色だ。茶色であっても、ここまで綺麗に白く色が抜けるわけない。

「ふんぎー!」

髪をひっぱってみるけど、それはかつらじゃなくって自分の髪だった。

「何これ。増えるわかめ?」

いや、俺がわけわかめだYO!
何この白い髪。腰まであるのに気づく。衣服は予備校帰りのまま。

「ここに、いたのかレンカ」

「あ?」

俺は、全く見覚えのない男に抱きかかえられた。
いや、これお姫様抱っこ?一人で歩けるっつーに!!

「なんだよお前」

「どうした?機嫌が悪いのか?」

空からひゅるるるると黒猫が降ってきた。アルザだ。アルザは人間のアルザと黒猫のアルザ2つがある。もともとは存在は一つだったらしいけど、別れてしまったらしい。ちなみに黒猫のほうは人語をしゃべる。

「アルザ、てめぇどうなってるんだよ!」

「みすった。ここ、カリンたちの時代から300年後の世界だ。世界統一が成された平和な世界・・・・ここはリトリア帝国」

「はぁ?お前何いってんだよ、脳みそないだろ!元の世界に戻せ!せめてカリンちゃんの時代に!そしたら時空をわたる力のあるユリエスが元の世界に戻してくれる!」

俺は男にぎゅーっと抱き締められた。
もぎゃー!
なんですか!
俺なんかしましたか!!

「ああ、そうか。今日レンカが入れ替わる日か、今日は。まぁ、まだレンカがきて3週間だ」

「ああうん、多分それ時空をこえたずれだ。この世界にいたレンカ消えただろう?」

アルザは黒い尻尾を振って、俺の頭の上で青年に話しかける。

「ああ。いきなりすーっと透明になって。聖者アルザの言うとおりだった」

聖者?このアルザが?猫が聖者ってどないなん?

「レンカ!今日からお前の夫となるユリシャだ。ユリシャ・リタ・フォン・リトリア。正式なるそう、黒き聖女カリンとその夫ユリエスの血を引きし者。このリトリア帝国の皇帝だ」

「んう!?」

いきなりキスされた。しかも舌まで入ってる。
はい、俺そこで気絶した。
一生気絶したいです。もう目を覚ましたくありません。


「あ〜」

俺は侍女によって、ドレスではないけど、なんかそれに近いような衣服を着させられた。ヒラヒラして露出度の高い上の服にズボン。あー、学校のブレザーが懐かしい。
髪を櫛でとかれて、高く結い上げられた上にいくつものエメラルドやらサファイアがはめこまれた、髪飾りを留められた。

もともとしていたピアスをとられて、かわりに耳飾りやら高そうなピアスをつけられた。首飾りから腕輪まで。これでもかというくらいに着飾らせられた。
その前がもう最悪。薔薇風呂に浸からせかれて侍女に体を洗われて。無論おれの大事な息子さんも見られた。
もうため息しかでない。

「は〜」

この世界は精霊魔法科学の発達した世界。俺がいた世界とあまり変わらない部分があるが、王宮は存在し、そこにはで衛兵とか侍女などもいて、古くからの伝統を守ってる。
でも洗い物は洗濯機で洗ったり、風呂にはシャワーがついてたり、電気は普通に通ってたり。ファンタジーワールドなのかそうじゃないのかよくわからない。

「は〜」

窓から見える中庭を見下ろす。
ユリシャと名乗った青年は、本当に皇帝だった。みんな恭しく傅いて、執務なんかをこなしたり会議を開いたり。
蒼銀の肩までの髪に、水色の瞳。どこかユリエスを思わせる顔立ち。
美しいだけではない、男らしさを十分に秘めた美貌に、そして均整のとれた肉体。
それが余計に悔しい。

俺こと、レンカは女顔だけど。ひたすら女に間違えられるけど。自分は男だという自覚があった。
長く伸びた白い髪に、オレンジのメッシュは原形をとどめている。顔立ちもほとんど元のままだけど、誰これ?って思うくらいに美しくなっていた。髪が伸びたりしただけで雰囲気が変わるものだ。
どっからどう見ても女に見える姿に磨きがかかったくらいに。
グレーの瞳は銀色の色彩を帯びて、薔薇色の頬に、桜色の唇。もともと女よりも美しい顔立ちは、色彩と服装のせいがあって、立派な姫君に見えた。

レンカがいる場所は後宮。
一部の皇族と皇帝、それに宦官と侍女しか立ち入ることが許されない、歴代の皇帝の妻や側室が暮らす場所だ。

もともとリトリア帝国は王国であった。それを、ユリエスとカリンの血を引く者が継承権を経て国を治めるようになったとき、世界を統一した後に帝国となった。

ユリシャは5代目の皇帝にあたる。
ユリエスとカリンの血を引く皇帝たちは、男女どちらであれ、蒼銀の髪に水色の瞳をもっていた。どんな色彩の相手と婚姻しようとも、その色を持って生まれてくるのだ。

その色を人々は聖いなる者の色彩と呼んだ。

「うぜ」

長い髪を今にでも切りたい。
このビラビラした衣服を脱いで、もっと動きやすい服装になりたい。

皇帝は皇后、正妻の他にいくつもの、貴族の美しい側室を迎える。ユリシャとて例外ではない。世界統一がされているとはいえ、領土があまりにも広すぎるため自治国家の王国や帝国も多い。そんな高貴な血筋の姫がこぞって権力を得ようと後宮に入る。

「いけません、リラード姫」

「ふん、何が寵姫よ!ただの野良猫じゃない!」

いきなり扉をあけて入ってきた、後宮でも権力のたかい王族の姫君は、レンカにグラスに入った水をかけた。

「・・・・・はぁ」

「どうしてよ!私のほうが美しいわ!!」

わめき散らす姫君は確かに美しかった。妖艶で、レンカにないものを持っている。レンカはタオルで顔を拭うと、どうでもよさそうにその姫君をみる。

「リラード姫?・・・・・・なんとかしてくれよ今の状況。寵姫とかなんで俺なんだよ。は〜。家に帰りたい」

「ふざけているの!?その白い髪、切ってやる!!」

からかわれたと思って逆上したリラード姫は、腰から短剣を抜き放つと、レンカに近寄り、長い白い髪を掴んだ。

「あ、どうせなら短髪希望」

でも、リラード姫の短剣はザシュっとレンカの美しい顔を切り裂いた。

「いってえええ!なんだよ、この嫉妬女!うぜぇ!」

レンカは叫んだ。
その言葉だけで、魔力が集まり、リラード姫を壁に打ち据えた。

「おお、どうぞお鎮まりをレンカ寵姫!」




NEXT