レンカ、怒る







「ふざんけんなよ!女だからって容赦しねーからな!!」

俺は、壁に叩き付けたリラード姫が信じられない瞳で俺を見つめるのをただ、黙って受け取った。

「なんのあなた・・・・呪文の詠唱もなしで魔法?」

あ、そういやさっきこのリラード姫とかいうのを壁に叩きつけたとき、周囲に水が渦巻いて、水圧でリラード姫は壁に叩きつけられたんだろう。
ビシャビシャになったリラード姫は、ガクガクと震えて、今更に自分のしたことに気づいた。
いくら王家の姫でも、皇帝の一番のお気に入りである寵姫に手を出したことがばれたら、最悪処刑もありえる。

「どうしよう、乳母!!」

乳母に匿われて、俺はしゅるるるると水を手の平に渦めかせて見せた。
お、なんか凄い。魔法使えるんだ、俺。

「レンカ寵姫、どうかどうか、リラード殿下のご無礼をお許し下さい」

リラード姫の乳母は、それはもう額に頭をこすりつけて俺に謝ってくる。
いや、そんなに謝られても。
普通謝るの、そっちの姫のほうだろ?

「リラード姫だっけ」

「ひっ、こないでえええ」

「はいはい。ごめんなさいって言ってみろ。そしたら全部許す」

「あ・・・・ごめん、な、さい」

「はいよくできました〜」

俺は笑顔になって、切られた頬の痛みも無視して、リラード姫の周囲に、花をイメージする。すると、緑が広がって見たこともないような虹色の花が咲いた。
それを摘み取って、怯えるリラード姫の頭に飾ってやった。

「俺が怖い?」

「あ・・・・」

俺は銀色の瞳を和ませる。

「申し訳、ありませんでした。寵姫に無理矢理させられたあなたの心を、無視して、いました」

「いい子じゃん」

俺は全ての虹色の花をつむと、花束にしてリラード姫に渡した。

「美人な子は、嫉妬に狂うよりも笑顔が似合ってるよ」

水びたしのリラード姫から、服を乾燥させるイメージをすると風の魔法がリラード姫と俺の衣服を乾かした。

「レンカ寵姫・・・・・・なぜ、私にこんなに優しいの?」

「そりゃ、女の子に優しくは男の基本でしょ」

「え!?あなた、男の子なの?」

おれはコケた。
そりゃこんな格好してるけど。姫君にまで女に間違われる俺。
なんともいえず複雑な気分である。

そっか。寵姫とは元々女に与えられる、後宮の言葉だ。後宮の主に寵愛された姫たちを寵姫という。

「私・・・2年もここにいるのに。ずっと陛下の寵愛を受けれなくて。なのに、いきなり入ってきた、黒き神の一族の血を引いているからと、寵姫になったあなたが許せなくて・・・・黒髪黒目の人なら分かるけど、あなたの髪は白。瞳は銀。他にこの世界でこんな色彩の人はいないでしょうけど・・・でも」

リラード姫は泣き出した。

「後宮を追い出されるんじゃないだろうかって。私の国はもう滅んだわ。帰る場所がないの」

後宮にいる姫君たちの中には、そういった事情の姫たちも多数いる。

ユリシャに、現在子供は二人。皇后もいる。政略結婚でもある皇后との間に生まれた男女の兄弟は双子だ。女の子のほうが現在皇太子となっている。女でもこの国では皇帝となれるのだ。

ユリシャには、他に寵姫が3人いる。どれも、自治王国や帝国の由緒ある血筋の高貴な姫君だ。

「後宮で子供を成さない姫なんて、なんの価値がないもの」

「そんなことないって!俺がユリシャにいって、リラード姫をもっと愛するように言っておくから」

「優しいのね。ありがとう」

リラード姫はクスリと笑った。

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「あひゃひゃひゃ」

皇帝が開いた宴で、レンカは実に見事に酔っ払って、奇妙な笑い声を発していた。

「レンカ、酒に弱いのか?」

「あ?弱くね〜」

他の三人の寵姫、クローディア姫、サリア姫、イヴァル姫も呼んでの宴だった。レンカ姫はすでに半分眠っている。男でも姫とつけられるのがこの後宮のならわしだ。レンカ以外に男の姫君はいない。
歴代の皇帝は女であったりもしたので、男の姫が後宮にいた時代もある。だから、後宮に入ったものは男女関係なしに姫となる。

先代の皇帝も、男性の姫を寵姫にもっていた。この世界では、同性愛などなんの問題もないし、結婚も認められている。

レンカの性格がもっと消極的で弱ければ、すでに他の寵姫によって潰されていただろう。寵姫だけでなく、他の後宮の姫もレンカに嫌がらせをしてくる。

皇帝に告げ口などせず、嫌がらせを受けたら仕返しするレンカは、後宮内でははね馬と呼ばれていた。

「あー、レンカもう一杯飲みます!」

果実酒のグラスを手にとり飲み干す。

「んあ・・・」

途中で甘い声が混じる。
皇帝ユリシャが、レンカの持っていた果実酒を取り上げ、自分の口に含むとレンカに口移しで飲まし始めたのだ。

「あ?」

コクリと喉がなった。レンカは酔っ払っている。

「んんう」

そのまま背後から激しいキスを受けて、レンカは皇帝ユリシャの腕に落ちた。

「今宵はレンカの部屋に泊まる」

つまりは、レンカに皇帝の愛が向くということ。今まで一度もレンカの部屋に泊まったことのない皇帝の言葉に周囲がざわついた。

「見て、他の寵姫たちの視線。怖いわ〜」

侍女たちが立ち話をしていた。

レンカは何も知らずに眠っている。
やがて宴が終わり、姫君たちは嫉妬の炎を燃やしながら、消えていくレンカと皇帝の後姿を見ていた。

「他の寵姫ならいざしらず。身分もない者を寵愛するなんて。確かに黒き神の一族の血は素晴らしいかもしれないけど、黒髪でも黒目でもない。ただの平民じゃない、あんなの!」

寵姫の一人、イヴァル姫が果物を口にして、悪態をつく。
レンカよりも美しい自信はある。なのに、なぜユリシャ皇帝はあんな野良猫を寵姫に選んだのか。

寵姫に選ばれて3週間。レンカは毎日皇帝を拒否し続けた。そして、そのレンカが消えたと、後宮中に嬉しい知らせが降ってきたと思ったら、時間軸をこえたレンカがやってきたという。
寵姫のしつけもなっていない、野良猫だ、あれは。
しかも性格も良くない。汚い平民に、寵姫の位を与えるなど、ユリシャ陛下はほんとうにどうしてしまったのだろうか。

レンカは、自由気ままに後宮でも振舞った。
踊りや勉強など学ばず、寵姫としての気品に欠けたレンカ。テーブルマナーさえ知らない。
唯一、見た目だけはとても美しい。きっと、ユリシャ陛下は、レンカが物珍しいから寵姫にしたのだともっぱらの噂だけど、一部の姫の中にはレンカを慕う者もいる。

あんな汚い野良猫と会話をするだけで穢れるわ。
イヴァル姫は、残っていたワインを飲み干して、自分の部屋に戻った。レンカがきてからというもの、夜に陛下がいらしてくれなくなった。

全部、あのレンカのせいだ。他の寵姫の部屋にも渡ることがないのだという。

忌々しいレンカ。陛下以外の男に汚されて、後宮をおわれてしまえばいいのに。そこで、イヴァル姫は唇をにやりと吊り上げたのだった。




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