レンカ、内在意識







俺は騒ぎが大きくなる前に、自分の部屋に戻った。

(よく我慢したな)

意識の底で、聞きなれた声が聞こえた。俺の瞳を真紅にする原因だ、それは。

「慣れてるから」

俺の体の奥からした声――。それは滅びたとされる蒼銀のフェンリル、カッシーニャだった。でも、俺は銀のメシアでもないし、カッシーニャを宿しているから世界を滅ぼす運命にあるわけでもない。

遥かなる時の流れ――。

カッシーニャに俺は教えられた。

今から2年前のことだ。俺の中に何か別の生き物がいると意識し始めた頃、カッシーニャは俺に声をかけて夢の中にも現れるようになった。

俺の存在は、元々このサーラで生まれた命であった。

今から660年前にきた異界の少女、藤原一族の藤原マリカと彼女が愛した銀のメシア、フェルナンドの間にできた、一人息子。名前はレンカと名づけられた。レンカはマリカの死により現実世界に戻され、俺は今の父と母に引き取られた。

父がイギリス人だから、疑ったこともなかった。

両親の本当の子供だとずっと思っていた。

フェルナンドは銀色の髪に水色の瞳をした青年だった。その血と藤原の血が交じり合って生まれた本来ならば生まれてはいけない禁忌の子。
カッシーニャを宿したまま子をなせば、その子にカッシーニャが潜み、息を殺して本体が死んでもまだ生きているかもしれない。その可能性があるから、銀のメシアはいつも独身であった。

でも、俺の父であるフェルナンドは藤原マリカ、かつて660年前の黒き聖女と愛し合い一人の男児をもうけた。それが俺、藤原レンカ。

「なぁ、お前は寂しくないのか?」

(いいや。私にはお前がいる)

「そっか・・・・」

俺はその日、執務を全ておえてから俺の部屋にきて、呆れて少し叱ってきたユリシャを見つめた。

「イヴァルを牛糞まみれにしたそうだな。企んだのはイヴァルだろうが、お前のようにすぐに魔法を使えるのはすくない。長い呪文を唱えてやっと魔法が施行される。イヴァルは魔法が使えないんだ」

「ふーん。俺悪くないもーん。やり返しただけだもーん」

「この世界は急激に魔法の使える人間が減ってきている。何かの予兆か」

ユリシャは俺を見ていない。俺はユリシャの肩に頭を乗せた。

「なぁ、ユリシャ。俺がカッシーニャを宿していても、愛してるっていえる?」

「いえる」

「じゃあ、言ってみろよ!!」

俺はカッシーニャを意識の中に描く。蒼銀の光が揺らめき、俺は部屋の中で一匹の蒼銀の毛並みをもつフェンリル、そう、カッシーニャの姿になっていた。

「な!滅びたはずのドラゴンがなぜ!」

ユリシャは剣に手をかけるが、カッシーニャは姿だけで精神は俺であるのに、ユリシャは気づいた。

「レンカなのか?」

「さぁ、どちらだろうな?」

俺は笑った。
これでも愛してるっいえるのかよ。

この世界での恐怖の象徴カッシーニャに化けれるとしても。

ユリシャは大きなカッシーニャの毛並みを撫でると、一言。

「愛してる。お前がどんな存在でも」

俺はカッシーニャから元の人間の姿に戻り、ユリシャに抱きついて泣き崩れた。

寂しいんだ。

この世界には友人も父さんも母さんもいない。

寂しいよ、ユリシャ。

紅蓮の炎に火。そういう意味で「蓮火」と名づけられた。それがおれの真実の名の意味であった。
そう、昔から俺は感情が高ぶると真紅の瞳になった。

カッシーニャと一緒に一つの存在となっている。

カリンちゃんがカッシーニャを滅ぼしたと言った時、俺の中のカッシーニャは愉快そうに笑った。

神は永遠なり。

俺は、ユリシャに自分から抱きついて、唇を重ねた。

もう、何も考えたくない。目茶目茶になりたい――。


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