レンカ、狩りにでる







体調を崩したあと、直接ユリシャに看病されてから元気になったレンカに、また後宮中から嫉妬の視線が浴びせられる。
特に同じ寵姫の視線はさらに鋭いものになり、まるで刃物ようだ。触れたら血を滲ませそうな、嫉妬に狂った寵姫たち。レンカは他の寵姫に声をかけることはない。それと同じように、他の寵姫がレンカに声をかけるとこもない。他の三人の寵姫は仲が良いようではあったが。別にそこに混ざりたいとも思わなかった。

友人なんて、ニアがいればいい。

今日もまたユリシャがきていた。侍女に髪を命令して結わせながら、ユリシャは珍しく剣を下げていた。服装も外いきのものだろうか。皇帝としての高級な貴公子のような服ではなく、動きやすい服装だった。
レンカも同じ動きやすい男性の衣服を与えられて、それに着替える。でも、髪は結われて髪飾りをいくつもつけられて見掛けは男装した美しい美少女か。

ユリシャは肩より少し長い蒼銀の髪を揺らして、レンカを部屋から連れ出した。ニアやその他護身用の兵士とそれに他の皇族や貴族が集まって、草原で狩りが行われるらしい。

「狩猟は嫌いか?」

「狩りとか・・・興味ねーし」

「たまにはいいだろう。私はレンカと一緒にいきたい」

「はじまった、ユリシャのレンカ病。この狩りは季節の行事だからなぁ。ユリシャがいかないわけにもいかん。まぁ、レンカ、遠出の散歩とでも思えばいいさ」

やってきたニアは、陽気に笑った。
ニアはいつでも能天気だ。ニアも、貴公子姿からラフな衣服に着替えていた。ニアは綺麗な短い金髪に、水色の瞳をしていた。彼は、なんでも遠縁にあたるが、ユリシャの血縁らしい。
ユリエスと聖女であったカリンの血を引いた直系は蒼銀の髪に水色の瞳をもつ。まさにユリシャがその通りである。

ユリシャの父であった皇帝も同じでその前の皇帝は女性、これも同じ色彩を持っていた。
どんな色彩の人間と結婚しても、ユリシャの皇帝の血脈はその子に優先遺伝子として蒼銀の髪に水色の瞳を生まれてくる子供に与えた。

狩猟の行われる草原まで馬車で揺られるわけになるのだが、普通の後宮の姫は。
でも、レンカは自分から馬に乗った。馬上経験は何度かある。
他にも寵姫がイヴァルとクローディアがきていたが、馬車に乗って移動している。

「なんだ、馬に乗れたのか。せっかく一緒の馬に乗せてやろうと思ったのに」

「いるかよ!」

ユリシャの馬は白馬。かわって、レンカの馬は漆黒の毛並みだった。ニアの馬は茶色。
一目で遠目からも判断がつく。レンカは黒い馬を選んだのは、かっこよいという理由からだった。扱いにくい馬として有名なその馬は、暴れることもなくレンカを乗せて走る。

レンカは、この日ばかりは軽装の、寵姫として衣服ではなく男性の衣服を着ていたのだが、ニアに言わせると男装の麗人に見えるとかいわれて、レンカはちょっとばかり自尊心が傷ついた。
普通に男の服を着るのが男装にみえる男って一体。

空は綺麗に晴れ渡り、狩りが行われる草原にくると、テントを張ってすでにきていた護衛のほかの兵士たちも、ユリシャのほうに集まる。
そして各自馬を乗りこなし、皇帝が1人になることを避けるように護衛についた。ニアにもレンカにも護衛の兵はつけられた。

こういった外の行事では、暗殺が暗躍する。その危険を避けるための策である。

「くやしいわ。馬に乗れたら・・・」

「わたくしも」

イヴァルとクローディアは、草原に佇んで馬を巧みに操るレンカとユリシャを遠目から見るほかなかった。

この狩りの行事には、皇后のカレナと、皇太子で今年で7歳になるユリナールもきている。
カレナも巧みに馬を操り、草原を走っている。子馬に乗ったユリナールは、父であるユリシャの側で弓を射る練習をしていた。

皇太子ユリナールは少女だ。女性でもリトリア帝国には皇位継承権があり、皇帝になることができた。今までの歴代の皇帝の中にも女性がいる。
このまま時がたてば、やがてユリナールが皇帝となるだろう。

「狐があっちにいったぞ」

「鹿だ!」

それぞれ、護衛の兵士たち以外に、狩りに参加した皇族や貴族は弓を射って馬を走らせ、森の中から獲物を皇帝のユリシャがしとめやすいように草原に追い立てる。
そして自分たちも、自慢の狩猟犬を放ち、狩りに参加するのだ。

ウォンウォン!
広大な草原を駆け回る狩猟犬の鳴き声は、遠くまでよく響いた。

ユリシャが鹿に標的を定めると、ぎぎっと弓を構え、それを射った。綺麗に放物線を描く光。サーラの3つの月が薄く光り、笑っている。
風を切るうなり声あげて、矢は的確に鹿の首にあたり、逃げていた鹿はどうと地面に倒れた。

「せい!」

ユリシャは馬を走らせて、剣を取り出すと、それで鹿にとどめをさせた。
弓だけで即死させるのはなかなかに難しい。
狩猟であれど、できるだけ獲物に苦痛を与えないのがユリシャの至上主義であった。無駄に数を狩ることもしない。

「やった!ユリシャ様万歳!」

「万歳!」

「陛下!お素晴らしい」

「本当に」

レンカは黒馬を走らせて風を感じていたが、ユリシャが見事に鹿を仕留めた姿を見て、感動はしなかったけど、へぇと、そっちのほうばかり見ていた。

サーラの空に浮かぶ3つの月が違う銀色の波を押し寄せている。太陽よりも美しく印象的なサーラの月。その月と同じ色の瞳で、レンカは持っていた弓をうさぎに狙いを定めて射ってみたが、外れた。

「あー。あのつぶらな瞳が!だめだ、やっぱ俺に狩猟はむいてない」

野うさぎは動きも素早い。こういうときは狩猟犬の出番だ。ワンワンと鳴く狩猟犬がそれぞれ獲物を追い詰めていく草原で、レンカはサーラの月を見上げて、銀の瞳を伏せた。
サラサラと綺麗に結い上げられた白い髪が舞う。オレンジのメッシュが太陽の光に反射して、黄金色の雫となって大地に落ちて、レンカは黒馬の首を撫でると、馬首を巡らせて走り出した。




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