レンカ、狩りにでる







ニアが、レンカの黒馬を追い越して、馬を走らせると、狩猟犬を先にいかせて矢を馬上で構える。小さな悲鳴が空を裂く。ニアが仕留めたのは、狐だった。
綺麗な色の、白い毛皮をもっていた。ホワイトフォックスといって、一般的に生息する狐よりも毛皮の価値が高い個体だ。

そこに馬首を巡らした、ユリシャが寄ってくる。

「ニア、競争だ」

「いいぞ」

獲物は部下に持たせて、ニアは太陽のように優しく、彼らしい笑みを刻んだ。
親友らしく、ニアとユリシャは草原で馬を走らせる。護衛の兵士は遠のきになっていた。

レンカは黒馬の手綱を操って、欠伸をしていた。美しい漆黒の鬣が、風に靡いている。レンカの白い長い髪も風に靡き、まるで風と一体化したように泳いでいた。

弓は流石に射ることはできても、的にあてることはなかなかできない。狩猟が野蛮だと思うこともなかった。この狩猟でえられた獲物は毛皮も肉もきちんと利用される。
昔は貴族が戯れに狩猟ばかりするので、野生動物が減っていたらしいが、今はちゃんと法律で規制されている。

「あの」

「ん?」

少し戸惑いがちの小さな声が耳を打った。
声をかけてきたのは皇太子のユリナールだった。7歳にしては少し体は大きめでまさに、健康といったかんじか。やはり、皇族の一員らしい美しい顔立ちをしていた。ユリシャの愛娘というには少し似ていない気がする。
特に、蒼銀の髪と水色の瞳の色彩を帯びていないところが。でも、藤原の血が100%その子孫に同じ色彩を与えると解明されたわけでもないので、レンカも不思議に思うことはなかった。黒髪黒目として生まれてくるはずだったレンカが、まず白髪に銀の瞳なのだから。
髪や瞳の色よりも、中身が大切なのだとレンカは思う。

皇太子のユリナールとは宮殿で、何度か顔を合わせたことはあったが、言葉を交わすのはこれが初めてだった。

「どうした?皇太子はユリシャにあんまり似てないな。母親似かな?」

馬首を巡らせて、レンカはユリナールに近寄る。ユリナールの乗っている馬も同じ黒い馬だった。子馬らしいが、成人した馬より少し小さいくらいで、ユリナールの手綱裁きも立派たるものだった。
流石は、皇太子というべきか。教育が隅々にまでいきわたっていそうだ。

「あ、はい。私は母上似です」

皇太子ユリナールは、結われた金色の髪に手をあてて流れる風にそよがせると、翠の瞳でじっとレンカを見つめる。

「どうかした?」

「私と草原を一回りしませんか。父上の寵姫の方の一人ですよね」

「いいぞー」

ユリナールは、父が夢中であるという、少年であるのに寵姫となったレンカにとても興味をもっていた。母親からきつく言葉を交わしてはいけないと言われていたが、今ならいいだろうと思った。

レンカは馬首を巡らして、同じ黒馬に乗ったユリナールと駆け出す。ユリナールは嬉しそうに後をついてくる。いつもは皇太子として帝王学やらを学ばされていて、あまり子供らしい姿を見せないユリナールだが、今日ばかりは大人も子供も区別ない。

「あなたはほんとうに綺麗ですね。母上も綺麗ですけど」

「なーに、皇太子殿下のほうがかわいぞー!」

レンカは空を見上げた。鷹だろうか、遠くを飛んでいるのは。

どこからかやってきたのかも分からない、蜂が一匹、ユリナールの乗る子馬の耳に入った。子馬といっても、大きいので、もう数ヶ月で成人といった大きさ。
馬は嘶き、ユリナールの手綱を無視して暴れ出した。

「きゃああああ!!!」

「おい!!」

「大変だーユリナール殿下が!!」

兵たちが騒ぎに気づくが、遠い。

「くそ、いけえええ」

レンカは黒馬を飛ばす。そして、泣きじゃくって馬の首に手を回しているユリナールの体を空中でさらうと、そのまま抱きとめた。

「ぐっ」

ぐらりと揺らぎ、落下しそうになるがなんとかこらえて、馬首で体勢を整えた。

「大丈夫か!?」

「あ、はい。怖かったです・・・」

まだ泣いているユリーナルを乗せて、黒馬を飛ばしてテントのある位置にまでやってくると、ユリナールを下ろした。

「ユリナール!!」

皇后が急いで我が子を抱き締めた。
同じように馬を下りたレンカの元に近づくと、皇后は、レンカを突き飛ばした後、持っていた鞭でレンカを打った。

「な、にすんだよ!!」

「皇太子殿下ですのよ!?この国の世継ぎですのよ!?あんな無茶な助けかた!もしも皇太子の身に何かあったらどうするつもりでしたの!!」

「んだよ!助けたのが悪いっていうのかよ!」

「こんな時はちゃんと兵士が助けてくれますわ!あなたみたいな下賎な者になんか!」

「うっせーなくそばああ!!!」

「な―――」

皇后はわなわなと震え出す。レンカは黒馬に跨り、皇后のことなんて無視して、ユリナールを見下ろした。

「無事でよかったな、ユリナール。俺、レンカっていうんだ。覚えといて」

「はい、レンカ様」

ユリナールは頬を染めて、自分よりも9歳年上の美しい寵姫の少年を見上げた。
けれど、ユリナールはすぐに母に怒られた。あんな下賎な者と会話するなと。でも、ユリナールはレンカとしゃべることができてよかったと思った。




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