「陛下、無事でよかった!」
「陛下!」
レンカに対する賞賛がおさまると、兵士たちは自分の最大の主の安否を確認して安堵する。
「大事ない」
集まってくる兵士たちに言葉をかけて、寵姫のイヴァルとクローディアが、何事かユリシャの耳に囁いた。
それに、皇后のカレナは唇を吊り上げた。
馬に乗って戻ってきた三人であったが、ユリシャは黒馬に跨ってまた離れていったレンカを呼び戻した。
「何?」
黒い馬に乗るレンカの姿は、まるでこれから凱旋に向かう戦の女神のようにも見えた。白い髪がサラサラと風に靡く。
レンカは黒い馬から降りると、白い髪をかきあげた。
結い上げられた髪がぐしゃぐしゃになるのも構わず、髪飾りを外して、留め直す。
「すまない。戻ってきたユリナーラの馬の耳に蜂がいたらしい。馬が暴走したのは蜂せいだ。で、これがお前の荷物の中に」
「はぁ?」
ユリシャが手にしているのは、それは、レンカの荷物だった。もう片方の手には、蜂が詰まった小さな透明な瓶。
ようは、レンカは疑われているのだ。
皇太子ユリナーラの馬を暴走させたのは、レンカではないのかと。
「陛下。今すぐ斬首を。皇太子殿下の命を狙うなんて、なんて不届き者ですの!」
カレナが、兵士から剣を取り上げて、レンカの前にくる。
後宮中で、数日前からレンカ寵姫がユリナーラ皇太子を亡き者にして、自分を皇太子にするために暗躍しているという噂が飛び交っていた。
それを兵士たちも知っているため、兵士たちも庇うに庇えない。
皇太子は、何も皇帝の子供でなくともいいのだ。この国の世継ぎと認められた者が皇太子となる。たとえば、ただの貴族の姫君でも、皇帝が認めれば皇太子となりえる。皇帝ユリシャの寵愛をいいことに、皇太子の地位まで狙っている。
貴族の間にまで飛んでいった噂。
「他にも証拠はいろいろありますわよ。毒薬の塗った弓矢に、毒の入った瓶。毒が塗られた短剣」
「ふーん」
レンカは面白くなさそうに、黒馬に跨った。
「帰る」
「待ちなさい!」
「うっせーよ。帰るったら帰る!!」
「レンカ!」
ユリシャの言葉を無視して、レンカは馬を城に向けて飛ばした。ニアもついてきた。
もしものことがあれば、自分の館にレンカを匿うつもりだったのだ、ニアは。
でも、レンカは全く気にしたそぶりも見せず、後宮に戻ると自分の部屋でゲームをし出した。いくつもの後宮の姫の目線に晒されても、レンカは表情一つ変えない。
「レンカ、あれはまずいぞ。自分を疑ってくれといっているような帰り方だ」
「別に。俺犯人じゃねーもん」
「レンカ〜」
ニアはレンカの部屋のベッドのカウチに横になって、ゲームするレンカを見守っていた。
そこへ、皇后カレナの私兵がやってきた。
「なんだよ!」
「皇太子ユリナーラ殿下暗殺未遂の容疑により、捕縛させていただく」
「ちょ、まじかよ!」
「あ〜あ。いわんこっちゃない。皇后はああいった手段で今までも何人か寵姫や後宮の姫を殺してきた」
「それ早くいええええ!!」
俺の声は、兵士に遮られて最後までニアに伝わらなかった。
連れてこられたのは宮殿の地下牢だった。
やや埃ぽっい空気に、レンカは咽る。
そこに放り込まれたレンカは、全く動揺するそぶりもなく、ベッドに横たわって眠りだした。粗末なベッドだったが、ないよりもましだ。
嫉妬もここまでくると、鬼だ。
やがてユリシャより先に帰ってきた皇后カレナは、レンカが入れられている牢屋にやってくると、早速拷問をはじめなさいと、拷問者を送り込んできた。
おいおい、そこまでするの?
鞭がびしっと宙に打たれる。その音だけで、流石に参りそうだった。
皇后は上の階にあがった。拷問をしろといわれてるので、レンカは縄で戒められて、そのまま鞭で100回くらい打たれただろうか。
「しぶといな。水をかけろ」
まだ、皇帝ユリシャは狩猟の儀式の最中だ。これは重要な催しものなので、脱け出すわけにはいかなかった。その間に、皇后カレナは背後にユリシャの庇護がないことに、レンカを拷問にかけるつもりだった。
ばしゃっと水を頭に浴びせられて、レンカは目を覚ました。
「あ、おはよう」
「おはようございます〜」
鞭打たれた部分は全然、痕もない。だって、鞭をレンカの背後の壁にベシバシとうって、音だけ聞こえさせていたのだ。皇后カレナが階上にいるせいだ。
丁寧に濡れた髪をタオルでぬぐわれて、レンカは欠伸をした。
「次、くすぐりの刑!」
「ぎゃははははは、あははひーー!!」
「ふふ、いいざま」
皇后カレナは、レンカが狂いかけていると思いこみ、上の階からも姿を消した。
「ちょ、息できない!たんま」
「はい、くすぐりの刑続行」
「あひゃひゃひゃひゃ!!!!」
レンカは体を悶えさせて笑う。
拷問の男を、ニアは自分の私兵とすり変えた。そうでなければ、レンカは本当に鞭打たれていただろう。命を危うくするまでの拷問はなくとも、爪をはがされていたり、焼き鏝をおされたかもしれない。
魔法で傷が癒えるのをいいことに、拷問も本格的だ。
こうしてカレナは皇后の座を維持し続けてきた。寵姫が自分に忠誠を誓わない者ならば、逃げ出すように。暗殺疑惑をかけて死刑にした姫だっている。
後宮は女たちの嫉妬と策略渦巻く醜い世界。レンカはそう思った。綺麗な世界なんてありゃしない。確かに世界中の美姫ばかりだけど。
「ちょ、たんまー!」
「はい、たんま」
水を差し出されて、縛られた格好のまま、水を飲み干すと顎からいくつか飲み込みきれなくて滴った。
「レンカ姫色っぽい。息子がやばい」
「ニアの私兵だろ?ごめんな。ありがと」
レンカは、ニアの私兵に謝ると、水をもう少しだけ飲ませてもらった。
「カレナまだ上にいそう?」
「多分いますね。で、くすぐりの刑再開!」
「ぎゃっはっははは、はひー、あひゃひゃひゃひゃ!!!」
俺は、はっきりいってくすぐられるとかそういうのにとても弱い。
情けない笑い声をあげて、ぐったりとなったけど、酸素を吸おうと肺が喘ぐところに、またくすぐりの刑がきて、俺は降参した。
「ギブーー!降参!参りました!!」
「レンカ姫の負け!勝者、ニア様!」
「ちょ、ニアの私兵だろ!なのに勝ちはニアにいくのかよ!」
「ふふふ。ニア様の部下でありますから」
ニアの私兵は、顔を黒いマスクで隠していた。
カレナに顔を見られるとばれてしまうからだ。
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