「入学それから」A








「そこまでだよ、先輩方!」
「探し回ったぜ!」
夜流と透だった。
二人とも、怒りで我を忘れた瞳をしている。
すぐにあきらを組み敷いていた三年生と、周りを取り囲んでいた二人を殴り倒した。
相手が泣いて侘びをいれるまで殴った。あきらは一人で、涙を拭ってから、渡されたズボンをはいて、マナの形見でもある大切な黄色のリボンを、ツインテールの片方に結びつける。
それから、最後にブレザーの上着をきる。

三人は、後日停学処分となった。
同じく、夜流と透もなりそうだったのだが、あきらの母親の賢明な説得により、それはとりやめになった。
あきらの母親の父は、この高校に多大な寄付をしている名士であった。

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「大丈夫か、あきら?」
「う・・・・・ああああ、うわあああああああああああ!!!」
耳が劈くばかりの悲鳴。
あきらの瞳は、夜流も透も、消え去った上級生のいた場所も、どこも見ていなかった。

「消えろ、消えろおおお、親父、消えろおお!!死ね、しねええええ!!」
むちゃくちゃに暴れるあきらの力に、夜流が吹き飛ばされた。
「イヤだよ、父さん、どうしてあきらを抱こうとするの!こんなのイヤだ!!」
「大丈夫かよ、夜流!」
「うおおおおおおおお!!」
あきらは、口内から大量の血を吐き出した。
「おい、ネクタイ外せ!俺のネクタイ!早く!!」
夜流が透に命令する。
透は慌てて、夜流のネクタイを外して、夜流に渡した。
そのネクタイを、夜流は無理やりあきらの口にいれて、あきらがそれ以上舌をかまないようにした。
「んんん、んん!!」
「あきら、あきら!!」
「んーんー!!」
「あきら!!」
真正面からのぞきこんで、強く揺さぶると、あきらは瞳を瞬かせた。
「・・・・・ん?」
「もう大丈夫だから!俺が、ちゃんとお前の側にいるから!お前を守るから!大丈夫、ここにお前の親父はいない!大丈夫、大丈夫」

夜流は、ある時あきらの母親である瑞希の話を聞いて、知ってしまった。それは、瑞希が珍しく正気の時で、夜流があきらの家にいつものように泊まりにいった時のことだ。
瑞希に呼び出され、驚愕の事実を聞かされた。
あきらが、幼い頃から父親に性的暴力を振るわれていたことを。それがおさまったのは、母親の瑞希が気づいた時だ。あきらが、小学6年生の頃のことだった。性的虐待を受けていた期間は実に5年にも及んでいたという。
あきらは忌わしい記憶を、封印することですっかり忘れていた。
でも、時折蘇ることがあるらしい。
きっと、今がそうだ。

体を傷つけないように、透のネクタイで手首まで戒めていたけど、それを外してやった。
夜流のネクタイは血を吸って重くなっていた。

「夜流?どうして・・・・あれ、俺、何してたの?」
さっきのことも、記憶が混乱して覚えていないようだった。
「大丈夫だから・・・・お前は、俺が、守るから」
「あきら・・・・夜流・・・・」
透は、涙が出そうになって、こらえたけど、でも泣いてしまった。
透も、夜流からあきらの事情を聞かされていた一人だ。

一緒に、あきらを守ってくれ。そういわれて、透も固く誓った。

「いって・・・俺、舌かんだの?なんで?」
ポカンとしているあきらを、夜流はぎゅっと抱きしめる。それしか、方法がない気がして。
「なんで・・・・・泣いてるの、夜流も透も?」
「なんでもねーよ・・・」
「同じく、なんでもない・・・・」

この一件があって、あきらを玩具のように扱う上級生も同級生もいなくなった。
あきらに何かすると、夜流と透に半殺しにされる。
そんな噂が校内に広まっていった。事実、夜流と透はそうするだろう。

「あきら。立てるか?」
「うん。俺、なんでここにいるのかな?覚えてない」
「いいんだ。覚えてなくていい」
「夜流?」
ぎゅっとまた抱きしめられて、あきらは舌を噛んだ痛みに眉根を寄せつつも首を傾げる。
「夜流・・・・苦しいよ」
「あきら・・・・・」

夜流は、あきらの額に口付けた。
「?」
「一緒に帰ろう」

「うん」
あきらは、満開のような花の笑みを浮かべる。

あきらは、夜流と透と、三人で手を繋いで帰った。
おままごとみたいだけど。あきらの心の傷は、俺たちじゃ癒せない。
あきらの心の闇の奥にいるのは、あきらを蹂躙した奴らと、あきらの父親。

どうか、この哀れな少年が、これ以上傷つくことがありませんように。

夜流と透は、あきらから片時も目を離さないようにする。
夜流の中で、あきらに対する友情は、確実に変化を始めていた。
同情。それもあるだろう。
でも、この大切な存在に、これ以上傷ついて欲しくない。
いつも無邪気な微笑を浮かべていて欲しい。
あきらは、夜流の気持ちも知らず、夜流、夜流と慕って、いつも子犬のように懐いてくるのだった。




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