「そこまでだよ、先輩方!」 「探し回ったぜ!」 夜流と透だった。 二人とも、怒りで我を忘れた瞳をしている。 すぐにあきらを組み敷いていた三年生と、周りを取り囲んでいた二人を殴り倒した。 相手が泣いて侘びをいれるまで殴った。あきらは一人で、涙を拭ってから、渡されたズボンをはいて、マナの形見でもある大切な黄色のリボンを、ツインテールの片方に結びつける。 それから、最後にブレザーの上着をきる。 三人は、後日停学処分となった。 同じく、夜流と透もなりそうだったのだが、あきらの母親の賢明な説得により、それはとりやめになった。 あきらの母親の父は、この高校に多大な寄付をしている名士であった。 ***************************************** 「大丈夫か、あきら?」 「う・・・・・ああああ、うわあああああああああああ!!!」 耳が劈くばかりの悲鳴。 あきらの瞳は、夜流も透も、消え去った上級生のいた場所も、どこも見ていなかった。 「消えろ、消えろおおお、親父、消えろおお!!死ね、しねええええ!!」 むちゃくちゃに暴れるあきらの力に、夜流が吹き飛ばされた。 「イヤだよ、父さん、どうしてあきらを抱こうとするの!こんなのイヤだ!!」 「大丈夫かよ、夜流!」 「うおおおおおおおお!!」 あきらは、口内から大量の血を吐き出した。 「おい、ネクタイ外せ!俺のネクタイ!早く!!」 夜流が透に命令する。 透は慌てて、夜流のネクタイを外して、夜流に渡した。 そのネクタイを、夜流は無理やりあきらの口にいれて、あきらがそれ以上舌をかまないようにした。 「んんん、んん!!」 「あきら、あきら!!」 「んーんー!!」 「あきら!!」 真正面からのぞきこんで、強く揺さぶると、あきらは瞳を瞬かせた。 「・・・・・ん?」 「もう大丈夫だから!俺が、ちゃんとお前の側にいるから!お前を守るから!大丈夫、ここにお前の親父はいない!大丈夫、大丈夫」 夜流は、ある時あきらの母親である瑞希の話を聞いて、知ってしまった。それは、瑞希が珍しく正気の時で、夜流があきらの家にいつものように泊まりにいった時のことだ。 瑞希に呼び出され、驚愕の事実を聞かされた。 あきらが、幼い頃から父親に性的暴力を振るわれていたことを。それがおさまったのは、母親の瑞希が気づいた時だ。あきらが、小学6年生の頃のことだった。性的虐待を受けていた期間は実に5年にも及んでいたという。 あきらは忌わしい記憶を、封印することですっかり忘れていた。 でも、時折蘇ることがあるらしい。 きっと、今がそうだ。 体を傷つけないように、透のネクタイで手首まで戒めていたけど、それを外してやった。 夜流のネクタイは血を吸って重くなっていた。 「夜流?どうして・・・・あれ、俺、何してたの?」 さっきのことも、記憶が混乱して覚えていないようだった。 「大丈夫だから・・・・お前は、俺が、守るから」 「あきら・・・・夜流・・・・」 透は、涙が出そうになって、こらえたけど、でも泣いてしまった。 透も、夜流からあきらの事情を聞かされていた一人だ。 一緒に、あきらを守ってくれ。そういわれて、透も固く誓った。 「いって・・・俺、舌かんだの?なんで?」 ポカンとしているあきらを、夜流はぎゅっと抱きしめる。それしか、方法がない気がして。 「なんで・・・・・泣いてるの、夜流も透も?」 「なんでもねーよ・・・」 「同じく、なんでもない・・・・」 この一件があって、あきらを玩具のように扱う上級生も同級生もいなくなった。 あきらに何かすると、夜流と透に半殺しにされる。 そんな噂が校内に広まっていった。事実、夜流と透はそうするだろう。 「あきら。立てるか?」 「うん。俺、なんでここにいるのかな?覚えてない」 「いいんだ。覚えてなくていい」 「夜流?」 ぎゅっとまた抱きしめられて、あきらは舌を噛んだ痛みに眉根を寄せつつも首を傾げる。 「夜流・・・・苦しいよ」 「あきら・・・・・」 夜流は、あきらの額に口付けた。 「?」 「一緒に帰ろう」 「うん」 あきらは、満開のような花の笑みを浮かべる。 あきらは、夜流と透と、三人で手を繋いで帰った。 おままごとみたいだけど。あきらの心の傷は、俺たちじゃ癒せない。 あきらの心の闇の奥にいるのは、あきらを蹂躙した奴らと、あきらの父親。 どうか、この哀れな少年が、これ以上傷つくことがありませんように。 夜流と透は、あきらから片時も目を離さないようにする。 夜流の中で、あきらに対する友情は、確実に変化を始めていた。 同情。それもあるだろう。 でも、この大切な存在に、これ以上傷ついて欲しくない。 いつも無邪気な微笑を浮かべていて欲しい。 あきらは、夜流の気持ちも知らず、夜流、夜流と慕って、いつも子犬のように懐いてくるのだった。 NEXT |