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「レンカさん、よければデートしませんこと?」
そう言って訪れてきたのは、同じ寵姫のクローディア姫であった。いつにもましてお洒落をした格好で、侍女は連れずにレンカの部屋にくると、そう言い出した。
「クローディア!今医者呼ぶからな!!」
レンカはクローディア姫の頭の線がプッツンしたと疑って、医者を呼ぼうとしたのだが、クローディア姫によってそれは拒否される。
「わたくし、正気ですことよ?いつもそのわけの分からないゲームとやらをして、室内に閉じこもってばかりでは、体に毒ですわ。宮殿の中庭を散歩してから、少し城下町にでもいきましょうか。陛下から許可はとってありますの」
ピクリと、レンカが動きを止める。城下町。行ってみたいと率直にそう思った。後宮に閉じ込められてばかりで退屈なのだ。
「いく〜」
レンカはいつもの和服の上から、リトリアの上着を重ね着して、髪を侍女に結い上げてもらい、ツインテールにして腰にシルエドの剣を下げると、クローディア姫と並んで、歩きだす。
「レンカさんは、身長があまり高くないのですね」
「だって俺まだ16だもん。成長期だし」
レンカの身長は166だ。低いほうでもないし、高いほうでもない。
「ぐ・・・・」
今年すでに24なクローディア姫にとっては、16という若さはもう過ぎ去ったものだ。若さが欲しいと切実に思う。年を重ねるごとに肌は荒れていき、体型も気になってきた。
「ホホホホホ、さぁ行きましょう」
クローディア姫は頬を引き攣らせて、レンカと一緒に歩く。
我慢だ我慢だ我慢だ。そう顔に書いてあるように見える。
中庭を歩いて、レンカが勝手に丹精こめて育てられている薔薇を手折ると、それをクローディア姫の髪に飾るふりをして、やめた。
「クローディアには薔薇は似合わないよな」
なんですってー!わたくしの美貌にはどの花も似合うのよ!!
そう叫びたかったが、我慢する。
「クローディアに似合うのって・・・・うーん。百合とか?」
レンカはにこやかに微笑む。クローディア姫は、高笑いをして、その賞賛を当たり前のように受け取る。
「ええ、わたくし百合のほうが好きですわ」
「この薔薇どうしよう?」
「貸して下さいませ」
クローディア姫は、嫌味のつもりでレンカの白い髪に、真っ赤な薔薇を飾った。これがまた艶やかなほどに似合うことこの上ない。レンカは色も白く、色彩が白でほぼ統一されているのに、右目は真紅と銀の混じった色の光を帯びて、唇は紅をはいたように赤い。
そこに真紅の薔薇は、麗しいまでにレンカを飾りあげる。
「ぐお・・・いいえ、なんでもないですわ!!」
こんなはずではないのに。生意気なレンカめ!
そのまま中庭の花たちを見ながら歩き去ろうとしたとき、レンカは庭師の平民に声をかける。
「よ、お仕事お疲れさん」
「ああ、レンカ様。今日も美しいですな。また薔薇の花を届けにいきますよ」
「ありがとなー」
クローディア姫には、身分が低い者と気さくに会話するレンカの気が知れないと思った。侍女として使える者にも平民はいるが、必要がない時以外には会話しない。まして相手を労ったりなんて、クローディア姫はしたことさえない。
「クローディアってさぁ。最近小じわ増えてきた?」
ぐおおお。誰のせいだと思ってるーー!!
クローディア姫は頬を引き攣らせながら、そのままドレスの裾を翻して先に先にと歩いていく。
そして、城門までくると兵士に話しかけて、外に出してもらった。
そのまま、クローディア姫は、レンカと一緒に城下町まで出る。といっても、護衛つきだが。
後宮の姫君が、護衛なしで外に出ることはまず特別な許可がない限りできない。それに、護衛なしの場合、お忍びになるのだから、もっと地味な格好をしなければいけないし、外套などを羽織るのも当たり前である。
クローディア姫は後宮にいる時とかわらない派手な格好で、レンカは控えめにしているが、白い髪という目立つ色彩のために、民の目はクローディア姫を通りすぎてレンカにばかり集まった。
「後宮の姫君だな、あれは」
「白い髪だ。なんと珍しい」
人々のそんな会話を聞きながら、レンカは屋台を出しているところに近づくと、クレープを護衛の兵士二人の分と、クローディア姫の分を含めて買って、戻ってきた。
「ほら」
甘いよい香りをがするそれを、クローディア姫は受け取ったものの、口をつけようか迷っているようだった。生粋の姫君であるクローディア姫にとって、城下町の民が食べるものは、自分が食べるようなものではないと思っているのだ。
でも、とても美味しそうで、クローディア姫は目をつむって一口食べると、目を輝かせた。
「おいしいわ」
「そうだろ。クローディアさぁ。もうちょっと周囲見れば?面白いこと、たくさんあるぜ?」
レンカは、兵士たちにクレープのおかわりを買ってあげながら、自分も2つ目を購入した。
「クローディアも、2つ目食べる?」
「え・・・あ、ええ」
あまりの美味しさに、全部食べてしまい、もっと食べたいとクローディア姫は思った。レンカはクローディアに違う味のクレープを渡す。
すると、レンカが髪をかきあげて、クローディア姫のクレープを一口かじったのだ。
「こっちも食べてみる?」
レンカが自分の分のクレープをさしだす。
クローディア姫はそれを一口食べた。
子供の頃を思い出した。まだ、平民の子供たちに紛れて遊んでいた頃。王族でありながら、お転婆姫と呼ばれて、姫として生きるのが嫌で、平民になりたいと願ったものだ。
「ふん・・・・わたくしは、こんな程度では靡きませんわよ!」
レンカが風を受けて歩いていく後ろをついていきながら、なぜレンカにユリシャ陛下が心惹かれるのか、少しだけ分かった気がした。
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