レンカ、太陽と星の狭間で







「よ。久しぶりだなぁ」

黒猫がひょいっと、レンカの膝にのって、ペロペロと毛づくろいを始めた。もう存在さえ忘れかけていた、アルザであった。人語を操り、空間を渡る能力のある特種な存在だ。

「お前・・・・生きてたのかYO」

ぎゅううううっとアルザの首を締め上げるレンカ。そういえば、こんなやついたな。本当に完全に忘れていた。

「何、時期がきた。空間が繋がる。今なら、元の世界に戻れるぞ」

「マジで!?」

アルザの首をさらに絞めるレンカ。
アルザはレンカの手に爪を立てて、苦しそうにしている。

「と、思うような気がしただけだ。繋がることは繋がるだろうが、違う異世界に繋がるだろうなぁ。地球じゃないどこか。もしくは繋がっても原始時代とかになりそうだ」

「飛んでけや」

言葉通り、レンカはアルザを部屋の窓から投げ捨てた。

「あーれー」

星になったアルザを見送って、レンカはため息をつく。重いため息だ。アルザがレンカをこのサーラの世界に連れてきた。帰るのも、やはりアルザなしではありえないだろう。だが、いつまでたっても空間は酷い歪みを起こしているらしい。そう、星のルクレツィアが言っていた。

ルクレツィアは、今はレンカの寝台で寝ている。
2週間ぶりの睡眠だ。レンカはそっとしておいてやった。他の精霊ドラゴンと違って、召還しっぱなしというのは、精霊ドラゴンにとってエネルギーを浪費することになる。負担は大きいだろうに、星の精霊ドラゴン、ルクレツィアは、レンカのことを王と呼び、常に側にいて、レンカが望んだ時のみ消えた。

「はー。戻ることも、そろそろ考えないとなぁ」

ユリシャの寵姫で居続けることもできるが。元の世界に戻りたいと、最初は渇望していたのに、今ではこの世界で生きていくのもいいかもしれないと思うようになっていた。
それもユリシャが多分好きなせいだろう。
ニアや精霊ドラゴンたちもいる。孤独ではないし、この世界もなれてみれば居心地のいいものだ。

学園生活をおくるつまらない毎日の、元の世界とは違う。いつもどこかで新鮮なものと出会える。昨日だって、城下町にニアと出かけて、劇団サーカスを見て金貨を投げ入れたりしていたものだ。

「星・・・・?」

ため息を零すレンカの銀の瞳に、窓の外遥か彼方、天空を一つの星が落ちていく。
キラキラと耀くそれは彗星のようであった。いや、流星群というべきだろうか。

「流星・・・・」

その時、カッと、眠っていたルクレティアが目を覚ました。黒い金環食に縁取られた瞳を見開いて、流星を見上げ、レンカの隣に立つ。そして、ぶわりと黒い12枚の翼を広げるや、最初に星の祭壇で逢った時のように、3メートルはあろうかという黒豹の姿になっていた。

「告げ星・・・・」

「え、何が?どーなってんの??」

「明星抱きし者、星落ちる時、王より太陽を見出さん」

「な・・・にが」

ガクリと、膝をつくレンカの体をルクレツィアが支えた。低いうなり声を上げて。レンカの体からじわりと太陽の光が滲み出し、それは一匹の蒼銀のフェンリルとなった。
二匹は対峙するかのように中庭に出ると、吼えあう。

オオオオーーーン。

ガルルルルルル。

サーラの3つの月が笑っていた。銀の涙を流して。

二匹の狼と豹は天に向かって吼え続ける。生気をなくした顔色で、ただ一人残されたレンカは、瞳を真紅に変えて長い真っ白な髪を宙に舞わせた。オレンジのメッシュが太陽のように、色として鮮明に大地に影を落とす。

「白き王。白は即ち銀。銀は即ち銀のメシア。即ちこの世界を滅ぼす者」

かつてカッシーニャが宿っていた者をさす、銀のメシアという言葉を口に、ルクレツィアは豹の姿のまま、具現化したカッシーニャを睨んだ。

「失笑なり。星を砕く、邪神よ。明星より堕とされし者。そう、天界より破壊者として落とされた神が。我以外の天界に戻りし神々によって、この地に封印された者。ルクレツィア・エル・ルシフェル。耀く者の名をもちながら、黒き12枚の反逆の翼をもつ者よ」

「ルクレツィア・エル・ルシフェルはお前たちが与えた名であろうが。私はただのルクレツィアでよかった」

「何が・・・・どうして、カッシーニャがここにいるんだよ!」

白濁する思考に頭を抱えて、レンカは真紅になった瞳を瞬かせた。

ルクレツィアは、人型に戻ると、レンカに歩み寄る。

「ルクレツィア?」

「王よ・・・・太陽を見出したり。白きメシア。私が欲するのは、王たる、愛しいレンカ」

その時、ルクレツィアは初めてレンカのことを呼び捨てにした。

「否――我はカッシーニャ・・・・違う、俺はレンカ・・・否、我はカッシーニャ・・・違う、レンカだ・・・あああああ!!!!」

叫び声をあげて、レンカは倒れた。それを音もなく受け止める。

具現化したカッシーニャは、レンカの中に吸い込まれた。レンカの意識はカッシーニャと混濁し、まぜこぜになっていた。互いに自我をのっとりあっている。

「何事だ!!」

異変に気づいて、やってきたユリシャが目にしたのは、真紅の瞳をして感情を高ぶらせているレンカに深く口付けするルクレツィアの姿であった。

「ルクレツィア・・・・・レンカに何をした!」

ルクレツィアの腕の中で、レンカは小刻みに震えて、俺はレンカだ、否我はカッシーニャなりと交互に呪文のように繰り返している。

「あなたには何もできぬ。我が王は、白きメシアとなりカッシーニャに飲まれる」

「なん・・・・だと?」




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