「あきらU」B







明人は油断していた。
まさか、ペットのように可愛がっていた学に裏切られるとは思ってもいなかったのだろう。

「大丈夫だ、あきら。もう大丈夫だから。かえろ?」
「ううう・・・・うわああ、夜流、夜流!」
あきらの血が滲んだ唇を拭ってやる。
優しく何度も頭を撫でてやった。
「大丈夫だから・・・・今、警察がくるから」
「うん・・・俺、助かった、んだよね?」
「ああ。もう大丈夫。一緒に帰ろう」
夜流の腕の中で、あきらは夜流に必死に精一杯しがみついた。
玄関を出て、そのままあきらを抱えて歩いていく。その時、すれ違い様に見たことのある高級車が通りすぎる。
その車はキキィっと、ブレーキを鳴らしてとまると、窓をあけて運転していた明人が怒張した顔で叫んだ。
「夜流!おまえ、あきらを奪うな!!俺の子供なら、俺の言うことを聞けよ、このくそが!!」
「くっそ、誰がいうことなんか聞くかよ!お前はもうおしまいだ!」
夜流は、あきらを抱えて逃げる。
途中でバランスを崩してこけそうになったけど、体勢をなんとかたてなおして走る。
近くから、警察のパトカーのサイレンが聞こえてきた。
もう少しだ。警察がきてくれる。でも、今は俺があきらを守らないと。

夜流は、あきらを抱きかかえて逃げるようとするけれど、すぐそばに明人の乗った車が迫っていた。
その時あきらは。
夜流の腕から降りて、自力でふらふらと立つと、夜流の手をとって走り出した。
でも、すぐ側に明人の車がきていた。
「あきら、先にいけ!」
アクセルを踏み続ける、明人の車の前に、夜流は両手を広げて、あきらを守るように立ちふさがった。
「ひゃははは、このままひき殺してやる!」
明人の、狂気で歪んだ顔が視界に入る。
「いけ、あきら!」
「うん」
あきらは頷いてくれた。
そして、走り出すかと夜流は思っていた。
でも、現実は。
「夜流・・・・ありが、とう。俺を愛してくれて・・・ありがとう・・・・こんな俺を、好きになってくれて、ありがとね」

トン。

一瞬だった。

夜流はあきらに突き飛ばされ、そしてあきらは。

明人が乗った車に、撥ね飛ばされた。
黒の高級車はそのまま電信柱に衝突して、明人は大破した車の中で、意識を失った。

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ちらちらと、空から雪が降ってきた。
鮮血にまみれて動かないあきらを、夜流は呆然と見つめ、膝を折ってあきらを抱き寄せた。
「あきら・・・・あきら・・・・」
「よる・・・・だい、すき・・・・」
あきらは、微笑んだ。
血まみれのまま、美しく。
「なんでだよ、あきら!俺のことなんてどうでもいいだろ!なんでだよ、あきら!!」
「だって・・・・あきら、よるが、大切、だから・・・・・ゴホッ!」
ゴホリと、そのまま大量の血を夜流の手の中に吐く。

「あきら!!」
涙が、ポタポタとあきらの顔に滴る。
「よる?ないて・・・るの・・・・目が、見えないよ・・・・どこ?」
手をさまよわせるあきらの手をしっかりと握りしめる。
「よる・・・愛して・・・・・る・・・・・・」
あきらは意識を失った。命の灯火が消えていく。
大量に滴る鮮血。なんとか止血しようと、あきらは衣服をさいて傷に止血を試みるが、特に頭部の損傷が酷かった。
血の海の中を、夜流はあきらを抱き締めたまま、大好きだった空を仰いで叫んでいた。

「こんなの嘘だ、あきらーーーーーーーー!!」


パトカーと共に、すぐに救急車が呼ばれ、あきらは救急病院に運び込まれた。
5時間に及ぶ大手術。
あきらは耐えた。
明人は、手術の結果もむなしく死亡した。
怒りの矛先を向けれないまま、事件は短時間で解決となった。
明人単独による、未成年者拉致監禁に、暴行。

手術がおわって、夜流は集中治療室に運ばれていくあきらに呼びかける。
「おい、俺はいつでもお前のそばにいるから!もう一度、目をあけてくれ!俺を見てくれよ!」

あきらは、やがて傷が癒えてきて普通の病室に移った。
母親の瑞希は、傷心から倒れ、あきらの看病は親戚でもある如月家が協力することになった。
夜流の母親が、花瓶にいけた花の水をとりかえにいった。
事故から1ヶ月たった。

「俺はいつでもお前のそばにいるから・・・・もう一度、目をあけてくれ・・・・あきら・・・・」
あきらの首には、クリスマスのときにかってあげたペンダントがされたままだ。
指には、ペアリングもはまっている。

あきらは、傷が癒えても、目覚めることはなく、その茶色の瞳に夜流を映すことも、夜流の名前を呼ぶこともなかった。
脳にダメージがあると、母親から説明された。
脳死とは違って、原因不明の昏睡状態であるとは理解できた。


あきらは、目覚めない。

夜流は、いつも学校が終わるとあきらの見舞いにきた。

でも、あきらは目覚めない。


                      第一部完結
 




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