「茨の眠り姫」@








気づけば、俺の隣にはいつもあきらが微笑んでいた。
あきらが側にいることが、ごく当たり前の毎日だった。
夏樹あきら。

俺の親友でクラスメイトで、血の半分繋がっている実の弟で。
そして、愛してしまった恋人。

よくあきらと一緒に見上げていた空を、今は一人で見上げている。
あきらは、隣にいない。

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「あきら。見舞いにきたぞ」
季節が過ぎ去るのははやい。
あきらが病院に運ばれた日から、もう1年以上が経とうとしていた。
それでも、あきらは目覚めない。
「あら、いらっしゃい夜流君。あきら、彼氏がきてくれたわよ」
母の瑞希は、あきらをマナとしてではなく、あきらとして受け入れるようになった。あきらとして理解し、あきらを愛するようになった。
あんな事件があってから。なんとも皮肉な結果だ。
「今日はさ、進路指導の先生に呼び出されて・・・・海外に留学しないかって話で」
二人きりになった病室で、夜流は毎日のように、あきらに学校のことを報告する。

「んで・・・・断った。あきら、置いてけないだろ?」
夜流は優しく微笑み、長くなったロングヘアのあきらの髪を一房すくいとると、指ですいてみせた。
「長くなったなぁ、あきらの髪」
ひたすら話しかけるけど、返事はやっぱりない。
ただ深く眠り続けるあきら。
目覚めるのを拒んでいるのだろうか。
あきらの姿は、まるで茨の塔の眠り姫のようで。
王子様がくるのを、待っているのだろうか。でも、あきらの王子様が夜流だ。夜流が毎日のようにきて、あきらに話しかけても、あきらは眠ったまま。
母親瑞希は最初はよく過労で倒れていたが、今は随分となれて、会社の経営の傍ら、あきらの看病をしている。

窓の外では、満開になった桜が散っていた。
もう、3月だ。
今年は受験生だ。
でも、夜流は決めていた。
勧められていた留学を断った頃から、あきらのできるだけ近くにいようと。
進路調査でも、大学のレベルを落として、ここからバスで通える大学を選んだ。担任は猛反対していたけど。もともと、海外留学の話も、難関中の難関のハーバード大学を受験して留学しないかという内容だった。
あきらがいなくなった分を埋めるかのように、勉強にうちこむ時間が多くなった結果の、周囲からの大学受験に期待する声は夜流の意思とは正反対に高かったけれど。
夜流には、どうでもよかった。

ただ、あきらが目覚めてくれればいい。

「あきら・・・・・なぁ、目をあけてくれよ。俺を見てくれ」
もう毎日のように話しかける台詞を、あきらに優しく浴びせて、あきらの唇に触れるだけのキスをする。
あきらはピクリとも動かない。
まるで、アンティークドールのようで。
まわりに茨の花があれば、本当の御伽話の中の茨の眠り姫。

君が、目覚めるのはいつ?
誰を待っているの?

「あきら・・・・明日は、哲もマサキも透も連れてくるから」
あきらの白い頬に手をあてて、優しくなでて額にキスして、夜流はあきらから離れた。
最初の2ヶ月は病院で寝泊りしていたけど、進級が控えているせいもあって、親も神経質になってきた。あきらのことを最初は拒んでいた母親の瑞希があきらを受け入れ、看病をはじめたことで、夜流の両親はあきらという突然ふってかかってきた重荷から解放され、自分の息子の狂おしいまでのあきらへの執着心を心配しつつも、将来を心配している。
夜流の選ぶ道は一つだけ。
あきらと、一緒にいられること。

将来、あきらを引き取って同棲しようとまで考えている。
でも、茨の眠り姫は目覚めない。
ここに茨はないのに。
見えない茨があきらを包み込んでいるのだろうか。

「愛してるよ。また、あしたな・・・・・」
手をふって、あきらに別れを告げる。
窓の外を見上げる。
春の暖かい空。
2015年の春は、こうして幕をあけ、そして音もなく過ぎていった。

 




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