「二人で歩き始める」A







夕飯は、シーフードカレーだった。
あきらにとっては、毎日の生活がリハビリでもある。
今日のシーフードカレーはあきらの好物。あきらは、綺麗に零すことなく食べた。
夜流はそれを褒めて、あきらの頭を撫でる。
それから、いつものようにあきらが先にお風呂に入って、夜流が後から入る。最初は、一人でお風呂に入ることもできなかったあきらだけど、もう日常生活のほとんどを自力でできるようになっていた。
ただ、食事を作ったりはまだ無理だけど。
あきらの食事は夜流が作るので、別に必要ないだろう。

「俺・・・・テレビ見る」
勝手にリモコンのスイッチを入れて、適当に好きな番組を選んであきらはそれを見る。
その間に、夜流は、ココアを二人分いれて持って上がってきた。
「あきら。ココア、あったかいうちに飲めよ」
「ん・・・・」
ココアを受け取って、それを飲んでいく。
夜流は、その光景を優しい表情で見つめていた。
「それ、飲まないの?飲まないなら、ちょうだい。だめ?」
「ああ、いいよ。飲んでも」
ソファーに座ったあきらを後ろから抱き寄せると、シャンプーの香りがする、まだ湿っている髪に顔を埋める。
「あきら・・・・・」
「ごちそう、さ・・・・ま」
ふと、夜流は迷う。
あきらの大きなアーモンド型の瞳が、じっと自分を見つめていた。
時折、あきらは夜流を穴があくほどじーっと見つめ続ける。何かを思い出すように。

にこり。

あきらは、小さく花を咲かせる。
「夏祭りの金魚は元気?マナって名づけた金色の金魚二匹。俺の家じゃ飼えないから、飼ってくれるように頼んだんだよね?」
「ああ、元気だよ。二匹とも毎日エサたくさん食べて・・・・けっこうでかくなったぞー。今度もってきてやろうか」
「ううん・・・・金魚さんは、水の中でしか生きれないから・・・・」
あきらは首を振る。
そして、夜流の漆黒の闇の瞳を覗きこむ。
「どうした、あなたは・・・・いつも、そんなに優しいの?どうして、そんなに哀しそうな目をしているの?」
あきらの瞳から、涙が零れ、頬に銀色の波を作る。
「俺・・・・あなたのこと、忘れたのに。どうして、あなたは俺を愛してくれるの?」
「・・・・・・・・・・っ」
夜流は、あきらが自分のことで涙を流すのを、あきらが覚醒してはじめて見た。
あきらの心の中に見え隠れする、夜流への申し訳なさでいっぱいの暗澹した部分。
「お願い・・・・俺・・・・・ママとマナ以外に、あなたが必要なんだ、きっと。俺を、捨てないで。お願い、お願い・・・」
夜流の服をひっぱって、何度も懇願してくるあきら。
「あなたが必要なんだ。お願い、いなくならないで。俺を捨てないで・・・・俺の、側にいて・・・・・・」
夜流は、自分の涙腺が壊れる音を聞いた。
「あきらっ!!!」
あきらが、はじめて、俺のことが必要なんだと言ってくれた。
俺を、求めてくれた。
名前さえすぐに忘れてしまうのに。それでも、必要なんだと言ってくれた。
「いるよ・・・側に、ずっといるよ・・・・あきらを捨てない。俺にも、あきらが必要だから。愛してるよ」
「あなたに、教えてもらった言葉・・・・こういうとき、なんて相手にいうのか。俺も・・・あなたを・・・きっと、きっと・・・・ううん、絶対に愛してる!!」

今が、永遠であればいい。
この瞬間が凍ってしまって永遠に続けば。

ああ、神様。

「俺も愛してる・・・お前を、お前だけを愛してる・・・」
夜流は涙腺が壊れて涙が止まらない。
「なんで、泣いているの?」
「嬉しいから・・・・」
「嬉しい・・・・俺の言葉で、泣いてるの?」
「そうだよ」
「・・・・・・・・俺、は」
あきらは、茶色の光彩に夜流の整った顔を映した。
「ん・・・」
そのまま、触れるだけのキス。
あきらの手は、夜流の背中に回される。
「んんう・・・・」
舌が絡みあった。そのまま、音をたててお互いの唇を貪りあって離れる。
夜流の涙は止まっていた。あきらは視線をさまよわせて・・・夜流の額に、自分からキスをしてから・・・・小さな声で、一言。
「好き・・・・・」
「俺も・・・・・」
再び唇を重ねようとした刹那。

あきらが涙をたくさん零し始めた。
「あきら?」
「うえ・・・・俺・・・・また忘れた・・・・あなたの名前・・・あなたのこと・・・思い出しかけたのに・・・また忘れた・・・・俺、あなたに、なんて言ったんだろう?」
胸にチクリと刺さる、棘。
でも夜流は首を振る。
「いいんだ、あきら。忘れても・・・・俺が、お前の分まで覚えておくから」

だから、二人で歩き始めよう。
この茨に包まれた世界から。あきらの前の茨を、俺が全部引き受けるから。
どんなに俺がぼろぼろになって、あきら、お前が真っ直ぐ歩けるように。

「あなたの名前は・・・・・なぁに?」
「俺の名前はね・・・」
「あ・・・・・・俺の、ナイトさん」
「正解」
「ナイトはね、騎士っていう意味以外に同じような発音で、夜っていう意味もあるんだよ。それが俺の名前」

一緒に、歩こう?
二人で、手を繋いで。
未来、へと。
 




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