「二人で歩き始める」B







大学の授業がはじまった。
夜流は、必須科目以外は適当に選択して、できるだけ家に早く帰れる様にした。
通常は、1、2年の間にできるだけたくさんの単位を取得して、3、4年は学校にこなくなる場合がほとんどなのだけど、夜流はその選択はせずに、4年でも単位を通常通りとる予定で、必須科目が入っていない場合は昼までの授業にしたりと、1年にしては他の哲といった友人に比べると授業が少ない。
今日は、でも6時間目に必須科目が入っているため、どうしても帰るのは6時を過ぎる。
あらかじめあきらに、帰宅は遅くなると告げておいた。

夜流は、大学にすぐに打ち解け、もともともっている協調性を大いに発揮して、哲以外にも数人の男女の友人をもった。
大抵は同じゼミ教室の仲間だけれど。哲とは同じゼミには入れなかった。

「夜流ってさぁ。合コンとか遊びに誘っても全然こないよね?バイトでめっちゃ忙しいの?」
同じ大学で友人となった、女子の数人が、夜流と哲と一緒に昼食をとっていた。
「あー。まぁ、似たようなもんかな」
夜流は当たり障りのないように適当に返事する。
「俺、今親元離れて暮らしてるから」
「なーる」
その場にいた、真実を知る哲以外のみんなが納得した。
親元を離れての一人暮らし。きっと、生活費を稼ぐのに深夜までバイトをしまくって、休日もバイトをしまくって忙しいのだろう。容易に想像がつく答えだった。
「あ、でも俺この前夜流の彼女見たぜ!一緒に夕飯買いにいった帰り?かなんかかなぁ」
「えー。まじ。彼女いるんだ。残念〜。あたし、夜流と付き合いたいと思ってたのに〜」
「あたしもー。超ざんねーん。で、彼女ってどういう子?あたしらより綺麗?」
「うーん・・・」
「おい、蓮見!」
夜流が食べていたカレーのスプーンの手を止めて、眉を寄せる。
大学で哲以外で一番中のいい、蓮見健太郎(ハスミ ケンタロウ)が顎に手をあてて首をひねる。
「なんていうのか・・・お前らみたいなコギャルめいたかんじじゃなくって・・・どういえばいいのかな。もっと。透明な・・・・水晶みたいな?」
「何よそれ〜」
「意味わっかんな〜い」
女子のブーイングを一斉に浴びて、蓮見は首をひねる。
「とにかく、めちゃかわいい。美人だけど、かわいいって印象が強いかなぁ。服装はボーイッシュなかんじだったけど・・・ハーフかなんかだなあれ。西洋アンティークドールみたいに綺麗すぎて、色も白いし・・・動いているのが奇跡ですね!俺のめっちゃタイプでした」
「お前の独断じゃーんそれ」
「蓮見のバーヵ!」
女子は、興味をなくしたように携帯をいじりだした。
「バカいわれましたよ、奥さん!」
隣にいた哲にボケをかましてみる。
「あーらやだ、蓮見はバッカしょ?なんせ補欠合格ですから〜」
哲がツッコミをいれると、蓮見は顔を蒼白くしてあさっての方向を見た。
「ふはははは・・・・20も大学受けて・・・・ここだけ補欠合格ですよ、しょせん俺は・・・」

あきらは、普通の男性の服を着るようになったかと思われたが、女性ものの服ばかり着ていた。時々帰ってくる母親が、あきらが男装というか男性の衣服を着ていると、精神的に発作をおこすのだ。
あきらをあきらとして受け入れたといっても、建前だけだろうか。マナと呼ぶのを止めて、あきらと呼ぶようになった。それだけの違いだ。でもこの親子にすればかなりの進歩だとは思う。
あきらは女性としてそう育てられてしまったせいか、女性の衣服を着ることが普通だと思っている部分がある。くわえて、男性の衣装はあきらにはサイズがあうものがなくって、女性ものだけどユニセックスなかんじのだったり、かわいいかんじのズボン系の服を着るようになった。

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「あれ・・・・あれ、パジャマじゃん。つか・・・・え、夜流の彼女じゃねぇ?」
食堂の窓から、キャンバスを蓮見が指差す。
そこには、男子学生に囲まれたあきらがいた。
「あきら!!」
夜流はいてもたってもいられずに、立ち上がった。
「泣いてるよ〜?」
「どうしたんだろうね?学校まできて・・・」
「ごめん、次の授業遅れる!!」
夜流は荷物の全てを哲に預けて走り出した。

キャンバスまで走ると、そこにあきらは蹲って泣いていた。男子生徒が数人、困ったようにあきらを囲んでいる。
「あきら!!」
「お、知り合い?」
「何かしたのか!」
「ちょ、誤解だって。タクシーでやってきたみたいだけど・・・ほら、はだしじゃん?パジャマだし・・・・ふらふら歩いてて階段から転げ落ちそうになったとこ、助けたんだよ」
「そうですか・・・・」
「ほら、ここ近くに精神病院あるじゃん?君知ってるかしらないけど・・・去年、そこの患者が逃げ出して、この大学で手首切って死んだ事件あってさー。もしかして、あの病院から逃げ出してきた子なのかなって話してて・・・さっきから意味不明なことばっかいって泣いてるし・・・・可愛そうに、こんなに怯えて」
あきらはぶるぶる震えて、泣いて、蹲ったまま小さく呟いていた。
「悪魔がくるよ・・・・あきらを壊しにくるよ・・・・悪魔が笑ってるよ・・・・あきらを壊しにくるよ・・・」
「警察、一応呼んだほうがいいんじゃね?」
男子学生の一人が携帯を取り出すが、夜流はひょいっとあきらを抱き上げた。
「ほら、俺が分かるか?ちゃんとここにいるぞ。帰ろう。家に・・・・」
「・・・・・・・・ナイト!!」
あきらは、ぎゅっと夜流の首に抱きついた。
男子学生は、夜流を疑っているわけではないが、保護者ではなさそうなので、御許確認を提示した。
「この子と知り合いだって証拠とかあるかな・・・写真とか。もしも、このまま悪戯されたりしたら、俺らの責任にもなりそうじゃん」
「写真・・・・」
哲を携帯で呼び出して、哲に確認をさせた。
あきらは夜流の恋人で、精神病にかかっていて自宅療養しているということにした。
「そっか・・・よかったな、彼氏みつかって。じゃあ、俺たちこれで・・・」

「帰ろう・・・・あきら」
「おい、夜流、授業どうすんだよ!」
「全部ふける」
「うーん。仕方ないなぁ。代弁しといてやるよ」
「ごめんな、哲」
夜流の手の中で震え、涙を流して抱きつくあきらは、どこまで小さな存在に見えた。

 




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