「二人で歩き始める」C







裸足のあきらを歩かせるわけにはいかないし、だからといってこんな抱きかかえたままだと目立ちすぎるし、距離がある。
タクシーを呼ぶことにした。
そのまま、タクシーに二人で乗って、夏樹家に帰る。
「あきら、歩けるか?」
「うん・・・・・」
「足、怪我してるな・・・バスルームで洗って、それから消毒して絆創膏はろうな」
「うん・・・・」
あきらは、夜流に抱きついて離れない。
「ねえ、ナイト」
「なんだ?」
「怒らないの・・・俺、急に怖くなって・・・この家にいると、悪魔がくるって思って逃げ出して・・・・・ナイトの携帯に何度電話かけても、留守電なってるし・・・メールしても返事くれないから・・・おれ、タクシー呼んで、あなたが通ってる学校までいって・・・・いっぱい、迷惑かけた」
「いいんだよ、それくらい」
ぐしゃっとあきらの頭を撫でる。
「ナイト・・・・」
あきらは、夜流のことをナイトと呼び始めた。
最初の頃のように、呼んだあと誰?と聞き返すのではなく、ナイトという存在で名前なのだと認識している。ちゃんと、記憶している。新しく、記憶したのだ。

あきらをバスルームまで連れていき、足の怪我をした部分を綺麗に洗い流すと、救急セットをもってきて、消毒をちゃんとしてから、絆創膏をはった。
「右足、痛い・・・・」
「くじいた?」
「うん、ちょっと・・・」
「シップはっとくか。軽いようだし・・・・どうする、病院いくか?」
あきらは首を振る。
「いや。病院、嫌い・・・・」
「じゃあ、このままでいいか。とりあえず、パジャマ新しいのに着替えような」
「うん・・・」
夜流は、あきらの世話を甲斐甲斐しくやく。
瑞希からもあきらのことを任せたといわれている。夜流は、もう決めたのだ。どんな困難があろうとも、二人で歩いていくのだと。
「ナイト・・・・大学、またいくの?俺を置いてく?」
「ううん。今日は、ずっとここにいるよ。お前の側にいる」
「うん・・・・」

夜流の手をとって、その手を自分の頬にあてるあきら。
「側に、いて・・・・・」
泣きつかれたのか、あきらは自室のベッドに横になると、数分して寝息をたてはじめた。
赤くはれた目元が痛々しい。
どんな恐怖と孤独と一人で闘っていたのだろうか、あきらは。
あきらに、明人にレイプされた記憶はないけれど、時折発作がおこるように、悪魔がくるといって怯えて泣き出す。

そんなとき、いつもあきらは夜流の携帯に電話をいれる。夜流は、たとえ必須科目であってもそんなとき、身内の容態が悪くなったといって授業を抜け出し、帰宅した。
あきらの側にいて、あきらを安心させるために。
もしもそれで、単位を落としてしまったら、また来年受講すればいい。留年してしまったら、その責任は自分で負う。1年間の学費は、親の負担になるけれど、働いて全部返す。
あきらのために、夜流ができること。
それは、側にいて愛すること。
それ以上のことは、できない。

でも、簡単に聞こえるようなそれが、とても難しいのだ。
あきらは夜流のことを忘れ、自分が言ったことさえ忘れてしまう。ナイトと認識をはじめた今でさえ、それは変わらなかった。

「ん・・・・・誰、あなた」
ソファーで本を読んでいた夜流を見上げて、あきらは首を傾げる。
「俺は・・・・・」
何百回も繰り返された押し問答。
「俺は、お前のナイトだよ。夜流っていうんだ」
「夜流・・・・・夜流・・・・・」
何度か名を呟いて、あきらは泣きながら笑った。

「夜流・・・・・思い、出した。俺の、大切な恋人・・・・・・夜流・・・・また忘れちゃうだろうけど・・・でも今だけははっきり言える」
「あきら?」

「ただいま」

その瞬間。夜流の知っているあきらが、そこに佇んでいた。
 




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