「忍び寄る波紋」@







哲の祝いをささやかながら夏樹家で、瑞希もいるときにあげた翌日。
瑞希はまた仕事で家をあけてしまった。まだゴールデンウィーク中だ。
朝刊をとりにいったあきらは、そこに、何もかかれていない封筒を見つけた。あきらは首を傾げながらも、封筒をはさみで切って中身を取り出す。

全身が戦慄した。
肌があわ立つその感触まで分かった。
「俺のあきらへ・・・・愛してる、迎えにいく・・・・・」
一言だけ添えられたメッセージカード。
真紅の血のような染みがいくつもあった。多分、インクだろうけど。血痕は、時間がたつと茶色く変色するものだ。真紅の血なんて、流した時にしかありえない。

あきらは、自分の瞳孔を拡大させて、そして目を見開き、封筒の中身をリビングルームに落とすと、空気を飲み込んだ。そのまま、はきだせない。
「ひっ」
変に、喉がなって、そのまま呼吸できなくなって自分の喉をかきむしった。
酸素が、肺に吸い込まれる。
そして次の瞬間。

「いやああああぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」

あきらの絶叫に、寝ていた夜流は飛び起きて、悲鳴がしたリビングルームに駆けつける。
そこでは、部屋の隅でガタガタと体を震わせて何かに怯えるように蹲り、焦点の合わない瞳で物々と何かを呟いているあきらがいた。

「あきら?」

「くるよ・・・・悪魔が、くるよ。あきらを壊しに、くるよ。また、くるよ。悪魔が、また、あきらを壊しに、くるよ・・・」

「あきら!!」
夜流は叫んで、あきらを揺さぶり、そして自分の胸に抱き締める。
「一体何が・・・・」
ガタガタと震えながら、あきらが床に落ちた封筒の中身を指差す。
そこには「俺のあきらへ、迎えにいく」と書かれたメッセージカードと数枚の写真。全て、夏樹明人のものだった。
「なんだよこれ!!」
夏樹明人が、昔していた悪戯のような、たちの悪いもの。
でも、夏樹明人はあの事故で命を失い、もう生きてはいないはず。
「誰だよ、ちくしょう、こんな真似するの誰だよ!!」
あきらは、見えない敵に牙をむき出しにする。
あきらには精神安定剤を飲ませ、眠らせた。あきらは精神病院にかかっている。昔の明人の行為を時折思い出し、錯乱するので、精神安定剤と、眠れないときがあるので睡眠導入剤を処方されていた。

「くっそ・・・」
封筒の裏を見るけれど、差出人の名前はない。
見えない、何かが、二人を、いやあきらを断罪しようろしている。
次の日も封筒が入っていた。
そこには、また夏樹明人の写真と、メッセージカードが添えられていた。
メッセージカードにかかれた言葉は「人殺し」
あきらが、明人を殺したわけではない。明人がかってにあきらを誘拐してその挙句、車で跳ねて電信柱にぶつかって自分で死んだのだ。全ては明人の責任であって、あきらは何も悪くない。

次の日、最後のゴールデンウィークの日。
あきらは、夜流が目を離したすきに、自分の睡眠導入剤全てと、そして瑞希が隠しもっていた強い睡眠薬を大量に飲み、そのまま病院に運ばれた。
「ちくしょう、あきら、あきら!!」
すぐに胃の洗浄がおこなわれ、あきらは無事だった。
瑞希のもっておる睡眠薬とあきらのもっている睡眠導入剤全てを飲み、消化したとしても睡眠導入剤を日頃飲んでなれてきているあきらには死ねるほど強くはないが、こんなの自殺と似たようなものだ。
あきらは自分で自分を傷つけるような真似はほとんどしたことがない。
昔はしていたみたいだけど。
でも、最近は精神が不安定になって浅いリストカットを繰り返すようになり、夜流も目が離せなくなっていた。
幸いあきらの容態はすぐに回復して、次の日には退院したけれど、精神科医から入院を勧められた。
でも、瑞希はそれを断り、自宅療養をすると決めた。
今まで通り。

泣きつかれた瑞希に、夜流は呼び出された。
「瑞希さん?」
「ごめんなさいね・・・・夜流君。お願いがあるの」
「なんでしょう」
「あきらを、守ってあげて。私は仕事のせいで家をあけていることが多いわ。私のかわりにあきらを守ってあげて・・・・申し訳ないのだけど、しばらくの間・・・」
「俺、大学を休学します」
瑞希は驚いた。
自分から言う前に、夜流は決意した顔で頷いた。
「あきらを守るために。休学します。最悪、退学も考えてます」
きっぱりとした言葉だった。どこにも迷いはない。
「ごめんなさい・・・・本当に、ごめんなさい・・・・あきらを手放したくないの。入院させたくないの。マナのように、死んでいなくなってしまう気がして怖いのよ!!」
瑞希は泣き続けた。夜流は、瑞希の肩を抱き、一緒にあきらを守ることを改めて誓う。
「絶対に、俺が守ります。今度こそ、俺が」
瑞希は、確かにあきらを愛している。最近はあきらとしての認識も強くなった。それ故に、手放せないのだろう。たった一人残った家族であり我が子であるのだ。




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