「広がる波紋」B







「ん・・・ナイト・・・あったかい。みーちゃん冷たかった・・・・俺、みーちゃんのこと一生忘れない。絶対、忘れない・・・・」
泣きはらした目を潤ませ、また涙を零して覚醒したあきらは夜流に擦り寄る。
夜流は精神安定剤の服用のだるさをまといつつ、起きてみーちゃんの形見となった首輪をあきらに渡した。
「ん・・・みーちゃんの仇、絶対とってね」
「ああ、絶対とるから」
「ナイトは・・・あんなふうに、絶対ならないで。俺を置いていかないで。絶対に」
「約束する。あきらを置いてなんかいかない。おれがあきらを守るから」
二人は唇が触れるだけのキスを繰り返した。

そのまま、ショック状態が和らいだとはいえ、まだ精神的に不安定なあきらのためにおかゆを作ってあげる。
それから、あきらはまた精神安定剤を飲んで、眠った。
夜流は、いつかあきらが事件に巻き込まれる気がして、頭を抱え込んでいた。
いくら側にいても、守りきれないときがある。

「あきら・・・・俺が側にいるからな」
泣きながら涙を零すあきらの涙を指でふきとってやる。
今頃、どんな夢を見ているのだろう。
みーちゃんの事件があったのは昨日。あきらは薬を飲んで、一日大半を眠って過ごしていた。
起きていれば、目を離したすきにリストカットをしかねない状態なので、今は眠って安静にさせるしかない。
もどかしい。あきらを守れても、外的ショック要因から守れていない。
あきらは傷つきその心は血を流しているのに。
「くっそ・・・探偵でも、雇うか?」
犯人がまた何かしでかすとも限らない。庭にカメラを設置したり・・・・そんなことが夜流の脳内をかけめぐる。
「でも、あきらには平穏な生活をして欲しい・・・・・」
疑うわけではないが、これでは透やマサキ、哲も簡単にこの家に遊びにこさせられない。彼らは100%無実であるだろうが、被害が彼らにまで及ぶ可能性がある。凶悪性が増してきているのは目に見えて明らか。

****************

そんなあきらと夜流をあざ笑うかのように、犯人はある病室を訪れていた。
病室のネームプレートにかかれたの名前は「雪白学」
彼は、明人が死んだのとほぼ同じくして自殺を図り、結局失敗したのだが、その後も何度も自殺を図って、自閉症の症状を出し、それから何もしゃべらなくなった。何も見なくなった。
生きているのに、彼は死んでいた。
雪白学が入院しているのは、夜流が通う大学に近い精神病院だった。
「よお、見舞いにきたぞ学」
彼は、身じろぎもしない学の頭を撫でて、花瓶に白い薔薇の花を生ける。
「まぁ・・・・ごめんなさいね」
付き添っていた学の母親が、雪白学の従兄弟であり、彼と実の兄弟のように育った青年を見あげた。
まだ未成年だ。年は19。もう少年というより、青年でいいだろう。
人懐こい笑みを浮かべて、彼は雪白学の母親に休むようにすすめた。学の母親は、疲れているのかソファーに横になって、すぐに寝息をたてはじめた。
「学・・・・傑作だぜ。あいつらがかわいがっていた子猫殺してやったんだ。今頃泣いてヒーヒーいってるだろうな」
学は何も答えない。何も見ていない。

「なぁ、学。帰ってこいよ。お前をこんな風にした夏樹あきらを俺は許さない」
それは、あきらのせいではない。
明人が勝手に死んだせいであり、明人のあとを追おうとした学のせいであり、あきらにはなんの罪もなかった。でも、彼は夏樹あきらを憎むことしかできなかった。
「夏樹あきらの恋人の・・・・如月夜流。せっかく仲のいい友人演じてたのに、あいつ休学しやがった」
そう、彼は夜流の友人の一人。
いや、友人を演じていたというべきか。

彼の名は蓮見健太郎。

雪白学の従兄弟であり、仲のいい兄弟のように育った青年だ。学が自殺未遂を何度も図り、そして挙句に自閉症に陥ったのは、全て夏樹あきらのせいだと彼は思っていた。
「今に見てるといい・・・・夏樹あきら・・・・・ぶっ壊してやる!」


運命は、急速に加速していく。
蓮見健太郎の存在が、あきらと夜流の揺ぎ無い絆を揺さぶり始めていた。



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