「もう一人のナイト」A







ピンポーン。
チャイムがなって、夜流も起き出す。
「誰だろう?」

時計を見ると、もう昼近くになっていて、夜流は慌ててベッドを飛び出して玄関に向かう。
すると、明るい声が響いた。
「よお、夜流!遊びにこいっていわれたから、きてみた」
「おー、蓮見じゃん!あがってよ」

蓮見健太郎は、何食わぬ顔で夏樹家に遊びにきた。
それを、あきらも笑顔で迎える。
決して、顔には出さない。

「あきらちゃん、元気?」
「元気だよー」
にこにこと、微笑む。

本当に爽やかな青年だった。もしかすると、一連の悪戯は彼のせいかもしれない。でも、証拠がないし、何より夜流の大切な友人だ。
疑いたくはないけれど、メールの内容が内容だけに、少し警戒する。

「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ〜」
ふわふわとあきらは微笑んで、部屋を出て行こうとする。
夜流は、下のキッチンルームに降りて、ちょっとしたおやつやジュースなんかを用意している。
「俺のメール、読んでくれた?」
「うん、読んだよ」

あきらは大きなアーモンド型の茶色の瞳で、蓮見の瞳を見つめ返す。
「雪白学って知ってる?」
「知ってる。俺の、友達だった」
「あいつさ。明人さんが死んで、何度も自殺未遂繰り返して。今は精神病院に閉じ込められてる。名前を呼んでも反応しないんだ。目が何もみていないんだ。生きてるのに、死んでる」
「え・・・・学、が?」
一時とはいえ、仲良くした友人の学の顔が脳裏を横切る。
「それもこれも全部、お前のせい」
「痛い・・・・」
ギリっと、手首を強く掴まれて、あきらは眉を顰めた。
蓮見の目は、明らかに殺意を宿していた。

「怖くなんかないもん!」
「へぇ・・・・」
蓮見は面白そうに、あきらを見下ろす。身長差があるせいで、どうしても見下ろされる格好になってしまう。
「怖くないんかないもん!俺にはナイトがついてるんだから!」
「じゃあ、そのナイト君に全部話そうか。お前が学を殺したも同然だって」
「やだ、やめて!」
あきらは、小さく震えて、嗚咽を零しそうになった。
「泣けば、学が戻ってくるとでも思うのか?俺は、お前を殺してやりたいよ。でも、お前は夜流を殺されたほうがショックだろうな」
「!!」
蓮見の目は、狂気を宿していた。

「そんなの、絶対に許さない!」
「たとえば、さ。お前を、夜流の前でめちゃくちゃに犯したら、どうなるんだろうなぁ」
「やだ!!」
あきらは、蓮見の手を振り解いて、後退する。

泣きそうになった。でも、泣かない。
強くなるって、決めたから。
ナイトに守られるだけじゃなくって、自分で強くなろうって。

「俺は、お前なんかに屈しない!」
「へぇ。まぁ、しばらくは仲良くしようよ。どうこうするつもりはないから」
その言葉が本当なのか嘘なのかは分からないけれど、蓮見は人のいい笑みを浮かべて両手を広げた。
「男に惚れた男のあきらちゃん」
「・・・・・・」
言葉の一つ一つに棘があったけれど、幾分雰囲気は柔らかくなった。

「俺もさぁ、まぁ、夜流の恋人を傷つけたくないんだよ。まぁ、持ちつ持たれつでいこうぜ?俺のことを夜流に話さなければ、絶対に夜流には危害を加えないから」
「約束、できる?」
「約束するさ」
爽やか過ぎる笑みが、その言葉が嘘か本当であるのかも霞ませてしまう。

「しばらく、休戦協定結ぼうよ」
「・・・・・・分かった」
「俺も、君たちにはなるべく近づかないから」
「ほんとだね?夜流傷つけたら、俺が許さないんだから」
あきらは本気だった。
彼が夜流を傷つけたら、暴力だって振るう覚悟だ。警察に捕まってもいい。

「じゃあ、休戦協定のしるし。キスしろよ」
「えっ」
「命令だ。できないのか?」
「わか・・・・た」

蓮見のかさかさの唇に、おずおずと唇を重ねる。
蓮見は、おもしろそうにあきらの様子を見ていた。

「王子様は、こうして魔王に囚われたのでした」
蓮見は面白おかしく笑ってみてた。
あきらは唇を思い切り手の甲で拭って、そしてきっと意思の強い瞳で蓮見を睨んだ。
「王子様には、ナイトがいるんだから!」
「へ〜」

「どうしたんだ。なんか言い争いしてるのか?」
そこにお菓子とジュースを持ってきた夜流が現れる。蓮見はすぐに人当たりのいい爽やかな笑みを浮かべて、夜流にじゃれつく。
「あきら、どうした?表情が暗いぞ?」
「なんでもないよ!」
あきらは無理やり微笑んだ。泣きそうになったけど、ぐっと我慢する。

俺は、ナイトを守るんだ。
ナイトに守られてばかりじゃいけない。
俺も、ナイトを守るんだ。きっとできる。だって、俺たちは愛し合ってるもの。


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