蓮見健太郎は、2時間ほど居座ったあと、すぐに帰ってしまった。 休戦協定を結ぶと言った通り、これ以上夜流とあきらにちょっかいをかけることは、今のところないらしい。 でも、不安で不安で、あきらは夜流の衣服をひっぱる。 「どうしたんだ?」 「ナイト。俺が、お前を守るから」 「何言ってるんだよ。ばかだなぁ。お前に守られなくても俺は平気だって。俺がお前を守るんだからな」 がしがしと乱暴に頭を撫でられて、あきらは真っ白の肌の頬を紅潮させて俯く。 「ナイト、反則だ。かっこいい」 「あきらはかわいい」 腕の中に抱き込まれて、あきらは小さくなる。 「ボディーソープのいい香りがする」 「ナイトはお日様の匂いがする・・・」 あきらは夜の胸に顔を埋める。 「あきらのナイトは、ナイトだけだから!」 「そんなの当たり前だろう?」 「うん」 あきらは、茶色の瞳を潤ませる。 なんてことはない、こんな時間がとても幸福なんだ。幸せすぎて、いつか壊れてしまいそうな空間。 「それより、旅行の計画ちゃんとたてたか?」 「まだ!」 ぶんぶんと首を振るあきらの頭を撫でて、夜流はあきらと二人で旅行の計画をたてていく。 二泊三日の北海道への旅行。7月に入ったら、すぐに旅たつ手はずになっている。 「とりあえず、札幌ラーメンは食べないとな、あと蟹も冷凍ものだろうけど、食べる場所探さないと」 「ナイト、あれもこれも食べたいってうっさい」 「だって北海道だぞ。そうそう行くことないんだから。食べ歩き旅行だな。旅館より泊まるところはホテルのほうがいいな」 「旅館もいいよ?」 「いや、ほら。夜が・・・・な」 かぁぁぁと、あきらの顔が紅潮する。 「ナイトのエッチ!」 「あっはっは。まぁ、最後の日は旅館にするか」 早いうちから、ホテルと旅館に予約を入れておいた。 旅行は、温泉と札幌ラーメン他北海道のもの食べ歩きツアーに、なぜかじゃがいもほり。 なぜここにじゃがいもほりがくるのか分からないが、楽しそうなのでいいかなと思った。 初めての旅行になる。 あきらの心は弾んでいた。 蓮見のことで気落ちすることもあったけれど、今は目の前のことを楽しもう。 ふと、携帯にメールが届いてきた。 蓮見からだった。 (約束、破ってないね?俺のこと、夜流に言ったら、夜流のこと本当に殺すからね) ゾクリとした。 蓮見のあの狂気じみた目を思い出す。彼なら、本当に夜流を殺しかねない。 (言ってないもん。休戦協定結んだでしょ。メールしてこないでよ) (いい子だね。あきら) その最後のメールに、あきらは嘔吐感を覚えた。 「ぐ・・・・」 メールをすぐ削除してから、トイレにかけこむ。 「げほっ・・・・」 どこか、明人を思わせる文章。 そうだ、あの目は獲物を追い詰める狩人の目だ。 明人と、同じ目をしている。 「負けない・・・・!」 あきらは、ひとしきり嘔吐すると、涙をぬぐってトイレを出る。 「大丈夫か、あきら?」 「あ、うん。ちょっと気分悪くなって・・・」 「大変だ。大事とって寝とけ」 「うん。ナイトも一緒に寝よ?」 「うーん、眠くはないんだけどなぁ。昼まで寝ちゃったし。でも、一緒に横になろうか。それだけでも大分違う」 「うん」 あきらは、優しく可憐に儚く微笑む。 ******************* 「あきらちゃん。夜流と別れたく、してあげるよ」 一人、学の病室で、パイプ椅子に座りながら、蓮見健太郎はくつくつと黒い笑みを浮かべて天井を仰ぐ。 「なぁ・・・学。お前をそんな風にしたあきらが憎いだろう?夜流も憎いだろう?」 問いかけても、答えはない。 「どうせなら、俺があきらの恋人になるって選択肢・・・これどうよ?んで、夜流に見捨てられたあきらを、俺が優しく包んであげて、ポイ捨て。は、最高じゃないかい?」 蓮見の狂気じみた笑い声は、いつまでも病室の中で木霊し続けていた。 NEXT |