真那王







西にある大国、真国(シンコク)から小国である冠羅(カンラ)に、使者がやってきた。
真国とはもう30年以上国交が途絶えており、いつ侵略されるかと冠羅の国はいつも怯えていた。真国は毎年戦争を繰り返して領土を広げ、ついには冠羅の隣国、戸国(トコク)の隣まで領土を広げてきた。

だが真国では、王が死去した。
そして、第一子である王太子が新しい真国の王に即位した。太陽暦2030年、春の出来事であった。新しい王はすでに40をこえていた。先代の王が75歳まで在位し続けた結果であった。
領土拡張戦争が、にわかに終結したかのように見えた太陽暦2030年。

新しい王の誕生に真国中が、喜びそして新たなる王の即位を祝った。
だが、新しく王になった王太子の在位は僅か2ヶ月。王宮で反乱があり、新しい王は先代王の第13子という、王位継承権から遠いはずの弟を王太子にたて、死去した。
新しい王太子はすぐに王となり、民衆の支持も得ていた。
他の王位継承権をもつ者よりも優れた王であった。新しい王の名は真那(シンナ)

王宮中でも限られた者しか知らぬ秘密がそこにあった、真那は先先代王の17子ということにされていながら、先代王、那伊(ナイ)のれっきとした嫡子であるはずであった。
そう、那伊王の正妃が父である王に奪われた結果、正妃が身篭っていた子は父王の第17子ということにされ、那伊と真那は親子でありながら、兄弟という関係を強いられることになった。
那伊と真那の年の差は21歳。それくらいの年の差は、大国である真国には当たり前のように存在した。兄弟の末の子は第27子、姫であったが僅か12歳。
10人もの妃と、何十人もの愛妾をもっていた先先代の王は、好色好きということも相まって、子もたくさん生まれた。
後宮も今までよりも増築され、近隣諸国だけでなく、名も知れぬような遠国の姫や、貴族、さらには庶民から見目麗しい娘を見つけると、後宮に愛妾として召した。

戦争にあけくれる真国は繁栄の裏で疲弊しきっていた。そこで王の死。民は心の中で、喪に服しながら王の死を喜んだものだ。
重税、兵役・・・・たくさんの圧政から、那伊王は民を解放した。
那伊王は、よき王として民にも家臣にも慕われ・・・・そして死去した。在位僅か2ヶ月。その裏にあった反乱は、王太子になるはずであった、那伊王の弟がおこしたものだった。他の王子も多数それに力をかしていた。那伊王に子はまだおらず、その結果王位継承権は先代王の、つまりは那伊王の兄弟たちが有した。
真国では女であっても王位継承権をもつため、姫でも王位継承争いに巻き込まれる可能性が高い。そのため、残された10人の妃や愛妾たちは、後宮の奥に引き篭もり、姫君たちを、自分の娘たちを守るために那伊王に相談し、近隣諸国や同盟国にさっさと輿入れさせた。

真国では、子の数が多いときまって暗殺や毒殺といった王位継承争いの醜い歴史が裏にあった。反乱に加わった全ての王子は処刑され、兄弟同士で暗殺や毒殺が行われた結果、残されたのは二人の姫君と、二人の王子であった。一人の王子は第11子であったが、血みどろの王位争いに嫌気をさして、枢機卿となるために他国へ留学してしまった。
残された姫君二人は、後宮で母親たちに守られている。後宮のほうがよほど、王宮よりは安全だろう。

那伊は、生き残った、自分の本当の息子でもあり、世間上は弟、先代王の第17子とされている真那を死の直前に王太子に立て、そのまま死去した。那伊王の死因は、毒を盛られ続けたことによる、遅行的な毒殺であった。

こうして、太陽暦2030の夏、真那王が誕生した。
そして真那王は父であり兄である那伊王の意思を受け継ぎ、大国である真国をまとめ、民の絶対的な支持を得て善き王となる道を歩み始めていた。
腐りきった官僚を廃し、貴族制度の見直し。貴族制度こそなくならなかったが、かつてのように平民が貴族に逆らっただけで罪に問われるようなことはなくなった。
真那王の政治に、それまで甘い汁だけを吸ってきた宮廷貴族たちは毒づくが、反乱粛清の10人もの王子処刑があった手前、真那王に媚びることしかできなかった。
恐れ多すぎて、暗殺など企てることなどできない。
現に、企てたある貴族は極刑となり、一族は財産を全て没収され、流刑となる厳しい罰が待っていた。そんな目にあいたくはない。
人間、誰しも自分が一番かわいいものだ。

さて、真那王も真国も落ち着いた同じ太陽暦2030年の夏。
真那王は、齢20になっていた。成人は18の年であり、すでに妃と子がいてもおかしくない年であった。王位継承者が、幼きまだ15と13の姫しかいない真国。
早急に、世継ぎが必要であった。
いかに政治が安定しているとはいえ、暗殺や毒殺される可能性がゼロではないのだ。
粛清された官僚や貴族の子や家族が、恨みをもって王に近づき、暗殺を企てる可能性は否定できぬ。
真那王は、子供の頃から父であり兄であった那伊王に武術を教わり、剣術の師範さえも舌を巻くような剣豪であった。

「さて、陛下、今年もよい花が庭に咲きましたな」
一番の側近である、大臣の露松蔭(ロ・ショウイン)が年に似合わない花束を手に、真那王にそれが庭に咲き誇った花を女官に命じ摘ませたものだと、後付した。
「だから、なんだ松蔭」
「真真那(シン・シンナ)王に置かれましては、この花の中よりお好きな花を選んでいただきたく」

真は国名であり、苗字である。そして真那は名であった。
真那は、松蔭のもった花束をじっと見た。どれもこれも薔薇ばかり、色が違うだけ。

「何故、薔薇しかない。中庭にはもっとたくさんの花があるだろう」
「いいからお好きな薔薇をお選び下さい」
真那王には分かっていた。これが、花嫁選びであると。真那王は政務を日々こなすだけで、家臣たちが妃を、せめて愛妾でいいから娶ってはどうだという言葉に耳を塞いで・・・・本当に、そう言われると耳を塞いで、国歌を歌って逃げ出した。

家臣たちは毎日頭を抱えている。
この真那王、立派な王であるがどこかまだ子供じみたところがある。

「では・・・蒼い薔薇を選ぼう」
「へ、陛下!蒼い薔薇など、この世にありませぬ!!」
「では作ってまいれ。さすれば、蒼い薔薇のあてられた姫を妃にしよう」
「陛下!せめて愛妾、寵姫でよいですからはやく誰かを選んでお子を!!」
「あ〜〜真国は〜太陽の国〜〜〜あ〜真はまことに麗しき〜〜〜〜!!!!」
真那王は、音痴な声で国家を歌って逃げ出した。
「く、また逃げられた」
その場で大臣の松蔭はガクリと足をおり、薔薇を地面に叩きつけるのであった。




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