寵姫







こうして真那王が逃げていても、結局はやはり愛妾を娶る羽目になった。それもいっきに五人の寵姫であった。
広すぎる後宮に、新しい、真那王のための寵姫たちが入る。
先先代王の妃や愛妾たちは、さらに後宮の奥に閉じこもり、ただあとは死を待つしかない。国に返される者もいたが、いまや真国に滅ぼされてしまった国の姫や貴族の姫が多く、帰る場所もない。

哀れだと、真那王は思う。
こんな風に、いつか私が娶った妃や愛妾たちも、王が死ねば後は誰にも顧みられず、権力も失って後宮の奥に閉じこもって死を待つだけの存在になるのだろうか。
まるで鳥篭に閉じ込められた小鳥のようだ。

五人の愛妾は、真那王が決めた相手ではなかった。なので、廃することもできたが、真国の王に捨てられた姫など、他に縁談が舞い込むはずもない。
誰も他人の使い古しなど、好き好んで嫁にしたくはないだろう。
真国の睨みもあるのだ。余計に捨てられれば、姫の居場所はなくなる。
真那王は、ため息を零しつつも、五人の愛妾をもつこととなった。どれも、近隣諸国から輿入れしてきた美しき姫君ばかり。年も17歳前後と比較的若く、健康だ。
早く子をと望む家臣たちの声も、流石に素直に愛妾をもつことに承諾した王に、小さくなっていた。

愛妾たちのの中から、真那王が気に入った姫が妃となるのだ。正妃ともなれば、権力は底知れぬものだ。妃の数は限定されていない。正妃でなくとも、とにかく正式な妃になろうと、どの姫たちも真那王に媚び、美しい美貌と肉体を駆使して真那王を陥落させようとしていた。
そうしなければ、後宮では生きていけないのだ。愛妾など、真那王自らが望んでもったものでない限り、寵愛はほとんどない。
これは由々しき事態である。
真国に輿入れが決まって喜ぶも、そこで真那王に声さえかけられず、姫君たちは寵愛を得るために必死になっていた。

「そういえば、冠羅に姫がいたな」

それは、真那王の何気ない一言から始まった。
隣国、戸国の隣になる小国冠羅は、金がとれる。ゆえに、真那王としては、自国の領土にしたいところであったが、むやみに戦争を起こして侵略するのも気分が乗らぬ。
民に戦役など、もう担ってほしくないものだ。
だが、冠羅とは国交もない。自治政治を許した属国にしたいが、それがだめなら、国交だけでも再開を。

真那王の一言に、大臣の松蔭は、初めて真那王が他国の姫に興味を示したと心の中で喜んだ。愛妾たちと初夜の儀を済ませて、そのまま気ままに日によって愛妾と夜を過ごすが、どの姫に感心があるわけでもないようだ。それでも、どれかの愛妾との間に子ができれば、やがてその姫は妃となり、この国の未来も安定なのだが。

「冠羅の姫ですか。国交がここ30年途絶えておりますね。まずは使者をだしましょう」
「うむ・・・・そうだな。冠羅と国交回復と、親善のために、冠羅の姫を愛妾にしたい」
「妃にはされないのですか?」
「ふむ・・・・・・しかし、冠羅は姫をよこすか?もしよこさぬなら、冠羅を属国にする」
「王・・・それは早計では」
確かにそうともいえる。
だが、冠羅の金は国を確実に潤す。最低限の制圧で、属国にしたいのは本心である。何も、国そのものを滅ぼして自国の領土にまでしようとは思わない。
そこまでいくと、またたくさんの、昔のように無益な血が流れるだけだ。

「だが、そういえば」
ふと、真那王は首を傾げた。
冠羅に姫がいるというのは、最近耳にした話である。普通なら近隣諸国にいる王族の構成くらいはある程度覚えるものだ。
確か、冠羅には王子が二人いた。そう、記憶する中で冠羅に姫はいないはずであった。だが最近、姫がいると噂になっている。それもとびきりの美姫が。

最近になって、王の隠し子でも見つかったのだろう。
真那王はそう思うことにした。王族にはよくある話だ。隠し子や平民との間にできた子に王位継承権を与えたり、王族として迎えることなど、どこの国でもあることだ。

冠羅に使者を。

真那王の言葉通り、使者は派遣された。
だが、冠羅王の応えは否であった。国交回復はするが、姫は真国におくらないと。姫をおくるくらいなら、国交などいらぬと。

何でも不自由なく全てをものにしてきた真那王は、頑なな冠羅王の言葉に、やがて激怒した。

「小国の分際で!私にたてつくというのか!」

真那王は、暗殺や毒殺を潜り抜けてきただけあって、強い王であった。優しい軟弱な王に見えて、剣豪であるし我も強かった。
普段は優しい王であるが、一度怒らすと後が怖い。

「冠羅の姫をなんとしても輿入れさせる。従わぬなら、冠羅を潰す」
冠羅にとって、それは最悪の事態であった。
大国真国を敵に回して勝てるはずなどない。それでも、冠羅王は最後まで悩み苦しんだ。我が子の未来が自分にかかっているが故に。


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