花嵐と星嵐







真国からの使者を一旦追い返した冠羅王、亜沙(アサ)は、ついにこんな日がやってきたかと絶望に打ちひしがれていた。
冠羅王に在位して30年ばかり。平和であった。
真国の侵略の脅威に怯えながらも、正妃と王子二人、幸せに暮らしてきた。よい国だと思う。
金がたくさん採れるということは、長所でもあり短所でもあった。国を潤す財源であり、国を他国の侵略から脅かすものでもあった。

真国と国交を途絶えて、ちょうど30年。亜沙王が即位した時期と重なる。亜沙王の思慮であった。真国に金を輸出し続ければ目をつけられ、いずれ侵略され滅ぶか属国になるだろう。ならば、違う諸国に金を輸出し味方につけて、真国からこの冠羅を守ろう。
事実、冠羅は小国でありながら、金の輸出先の国家を味方につけて、真国からの侵略を回避し続けていた。しかし、それももう終わりだ。

使者は言った。国交回復の暁に、姫を輿入れさせろと。
本来ならば喜ぶべき場面なのだろう。姫が真国に嫁いだとあれば、冠羅の地位は安定し、少なくとも滅ぼされることはない。属国にされる可能性は否定できないが、真国は領土が広いため、属国には自治を許している。

「父上、大丈夫ですか」
双子の王子が、倒れた亜沙王の見舞いにかけつけた。
本当に、妻に良く似た見目麗しい子供たちだ。名は星嵐(セイラン)と花嵐(カラン)、両方今年で15歳になったばかりのまだ子供である。
花嵐が王太子で、兄にあたる。星嵐が弟である。
そう、双子の王子はあくまで王子であるはずであった。
冠羅の国に姫などいない。だが、神託で巫女をこの双子から選ぶべしと、建国記念日に尊いはずの神からの言葉が下った。
冠羅が信ずる神、太陽は年に一度、神殿の霊力ある神官長を通して神託を下す。
それに従うのが冠羅の慣わしでもあった。

巫女を王子のどちらかからだせ。姫巫女として。

本来ならば、男は巫女になどなりえない。信託の間違いだと、亜沙王も思ったであろう。だが、違う。事実は違うのだ。
そして、姫巫女に選ばれ、尊い行事を行ったのが、花嵐の弟、星嵐であった。二卵双生児であるこの双子は、それぞれ違う美しさをもっていた。
花嵐は、王太子であるのに、姫のように儚く美しい。星嵐は、中性的であった。少年のようで少女にも見えた。双子は、どちらもしっかりとした男に見えぬという欠点があったが、それだけ美しいと他国でも評判であった。

ただ見目麗しいだけなら、亜沙王も王妃も、顔を和ませるだけだ。これは妃を娶る時に、妃が自分より美しい王子の妻になどなりたくないと嘆かなければよいがと、そう正妃と談笑しあったものだ。

使者は、花嵐を姫と間違え、輿入れさせるようにと言ってきた。冠羅の王、亜沙王は花嵐が本当に姫であればよかったと嘆いた。
何度目かの使者がやってきた時、花嵐は花嫁衣裳を片手に亜沙王に詰め寄った。
「私が行きます」
「だめだ、お前は・・・・」
「でも、私が行けば星嵐も同じと、真国の王は諦めるかもしれません!!私たちは王子だ!」
美しい衣装を身に纏い、髪に花まで飾った王太子花嵐は、ずっとずっと、自分が女であったらと、嘆き哀しむのであった。

ああ。
私が女であれば、真国に嫁ぎなんの問題も解決するのに。

何故。
何故、姫を輿入れさせろというのだ。
この冠羅に姫は、いない、はずなのに。そう、いない、はずだった。星嵐王子が、姫巫女として建国記念の行事を行い、招いた同盟国家の王族貴族たちの目に触れなければ。
冠羅に姫がいる。美しい神秘的な姫が。
たちどころに評判は広まり、結果真国の真那王の耳にまで入る結果となった。
それが災いを生もうとは。

「兄上、僕はもういいです」
「星嵐!」
「これも太陽の神の導き・・・・きっと、大丈夫。運命はそんなに残酷じゃないから、きっと」
涙を零す花嵐を抱き締めて、星嵐は緩やかに微笑んだ。
金銀細工の髪飾りをとり、長く伸ばしたままの髪を撫でる。
「兄上・・・僕だと思ってこれを」
「星嵐、何をいっているんだ!」
大切な大切な、父上と母上から、誕生日プレゼントにと贈られた髪飾りを花嵐に渡そうとする星嵐を止める花嵐は、悔しさに唇を噛み切った。

「あの神託さえなければ・・・・私たちは、平穏に暮らせたのに!」
「でも兄上、もう道はこれしか。僕がいかなければ、この冠羅が、愛しき国がなくなってしまう」
「そんなことあるものか!」
「兄上」
涙を零し続ける双子の兄の頬を愛しそうに撫で、星嵐は口付けた。

「兄上、愛しています。離れても、ずっと」
「星嵐・・・・私は」
「ん」
初めて零した星嵐の涙を吸い取って、双子は肉食動物に狙われた子鹿のように震えてから、身を離した。
この冠羅では、双子は互いに愛し合う場合が多い。そのまま結婚も認められている。本来なら、花嵐が花嫁を娶らないのであれば、星嵐がその位置につくであろうと、父も母も承知していた。

花嵐は可憐な見た目とは正反対に、れっきとした少年である。だが、弟であるはずの星嵐は違った。少年であると同時に、少女であった。
冠羅では太陽の子とされる、両性であった。
だが、両性は生まれながらに病弱な場合が多く、また他国からは繁栄と滅びの象徴と、半分その存在が忌み嫌われながらも、王族の間で持て囃されているために、両性と分かった時点で、冠羅では国から外に出さないのが決まりである。
何故か、冠羅では両性がまれに生まれる。
他国でも極まれに生まれることがあるが、他国では滅びの象徴として忌み嫌われている部分が多く、他国で生まれた両性は冠羅に送られるのが古くからの慣わしであった。
太陽の子とされる冠羅であれば、迫害されることなく保護される。
同じ太陽神を崇める真国も、両性を太陽の子として、繁栄の象徴としているが、領土が広いために両性を太陽の子として見る者は国民の半数ほどであった。

両性が繁栄と滅びの象徴であるというのは、昔、冠羅から両性の姫が今は滅亡した、古くから繁栄していた国、樹(ジュ)に嫁いで滅ぼしたのが、その言い習わしの元となっている。樹の皇帝は両性の姫に翻弄され、自ら国を滅ぼした。そして姫もまた、樹と供に滅んだ。


NEXT